夏の花火があがる頃
 商談はあっさり決まった。

 思っていた以上に、向こうも美味しい話だと思っていたようだった。

 飯塚はホッとしたような表情を浮かべていた。

 今回のプレゼンを含め、事前準備に関しては彼女に一任していたからだ。

 もちろん質問を受ければアドバイスも実施したし、できあがった企画書に関しては、悠也も何度も目を通した。

 部屋に戻ると、萌から「いますぐ連絡が欲しい」とだけ書かれたメッセージが来ていた。

 無料通話アプリを使えば、会話できないこともないが、嫌な予感がした。

 めぐみの件で放置していた分、萌に対しては罪悪感のようなものが拭えなかったが、悠也は電話をかけることにした。

 出張とはいえ、海外の開放的な景色や日常から切り離された場所に来て、今なら萌と上手く話せるかもしれないと思ったのだった。

 電話をかけると、待ち構えていたように萌が電話を取った。

「もしもし」

「ああ、萌」

「何?」

 怪訝そうな声色で萌は言った。

 上手く話せると思ったのは、悠也の勘違いだったようだった。

 彼女は、相変わらず非難めいた口調で「忙しい誰かさんは、相手の都合なんか考えてないんですね」と言った。

「いや、大丈夫。なんか、ごめんな」

「謝られてもどうしようもないよ」

 忙しい仕事だということは理解を得ている。

 慎吾の件で、しばらく萌とは距離を置いてもらっている。

 それは毎年のことなので、萌は何も言わない。

「最近どう?」

 何でもないような口調で悠也は話を続けた。

 まだ話を続けるだけの余力はある。

 彼女の機嫌も話をいつも通り、話を重ねていけば直っていくだろう。

「最近は、普通」

「そうか」

「悠也は?」

「今、バンコクにいる」

「そうなんだ」

 冷ややかな口調で萌は言い放った。「いや、仕事だから」と慌てたように付け加えても、つまらなそうに相槌を打つだけだった。

「ねえ、悠也」

「何?」

「お願いがあるんだけど、いい?」

「いいよ」

「正直に答えてね」

「うん」

「悠也、私とどうしたいと思ってる?」

 直球な質問に胸がどきりと跳ねる。

 避け続けた話題に、また萌は切り込もうとしてくる。

 まだ先のことは考えられない。

 今はまだ、このままでいたい。

 そんな答えを彼女は期待していない。

 彼女が提案しているのは、萌と結婚するか、しないで別れるかの二択だ。

 その二択も結婚するという選択肢を選ぶことを彼女は信じている。

 重たい質問だった。

 めぐみのことがある今、彼女を放置してはいられない。

 だが、萌と簡単に別れると言った選択肢を取ることもできない。

「ねえ、悠也。私、もう疲れちゃった」

 私の周りどんどん結婚していくの。

 しかも私達と付き合ってる年数が短い子ばっかり。

 私は大学生の頃からずっと悠也を待ってる。

 そんな女の人、世の中にいないよ?

 そんな萌の身の回りの話をされても、今はめぐみのことで頭がいっぱいだ。

 慎吾のことで頭がいっぱいだ。

 彼らを置いて、能天気に結婚をすることなど到底できない。
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