時を越え、君を知る。
日常
先生が淡々と話す声が聞こえる。同じ講義を受けている友人は、隣で気持ち良さそうに寝息を立てている。平常点というものはなく、試験の点数のみで成績が付けられるため、友人は試験だけ頑張ろうという考えなのだろう。
後々ノートを写させて欲しいと懇願してくる彼女を想像しながら、先生の言葉を書き納めていく。

「さて、今日の講義はここまでだ。…須藤、お前の友人を起こしてやれ。試験の素点のみの評価とは云ったが…こうも毎回堂々と居眠りされては堪らん」
「あはは…、ですよね」
「須藤が後でノートでも見せてやるんだろう。お人好しも大概にするように」

講義が終わり生徒が疎らになっていく講義室の片付けをしながら、先生はため息を吐いている。

「どうして先生は大学教員になったんですか?」

数日前に友人と進路について話す機会があった。私も彼女も、この大学が第一志望ではなかったとはいえ第一志望の大学へ入るために浪人するという選択もしなかった私たちは、未来が曖昧で漠然としていた。

「…昔、俺に生きることについて教えてくれた人がいてな。須藤は生きることとは何だと思う?」
「え、えっと…自分のしたいことをしていくこと、だと思うんですけど…。…でも、当然、やりたくないことをしなくちゃいけないこともあると思うので…、自分の考えをしっかり持って行動していくこと、ですかね。周りに流されてばかりじゃ、多分それは生きていても、生きている、ってことにはならないのかなーって…」

先生の講義内容が倫理的なものだったことを思い出し、まるで口頭試験をされているような気分になったが、恐らく普段の会話の延長線だろうと思い立ち、素直に答えた。先生は少しだけ口角を上げると、くるりとホワイトボードに向き合ってしまった。

「…生きることを諦めていた頃があった。その時彼女に云われたことが、今の俺を動かしている。彼女に教えられたことを、今度は俺が教えていこうと思ったんだ。世の中の荒波に揉まれても、自分を信じてやれるように」
「えっ、彼女って…、もしかして先生の好きな人?」
「……あのな、今凄く真面目な話をしていたんだが」

浮わついた話一つ聞いたことのなかった先生の口から聞こえた単語に反応してしまい、話の腰を折ってしまった。いや、単に三人称としての単語だったのかもしれないが。私の視線が背中に刺さることに居心地の悪さを覚えたのか、ホワイトボードと睨めっこしていた視線を私に戻した。

「…ああ。俺はずっと彼女を想っている。…まァ、何だ、須藤も己の人生にいい影響を与えてくれるような奴に出会えることを祈ってるぞ。さあ、そろそろ友人を起こして帰るなり次の講義に向かうなりしたほうがいい」

そう言って、先生は講義室を出て行った。果たして私は人生にいい影響を与えてくれるような人に出会えるのだろうか、そんな新たな疑問を抱えながら、友人を起こして帰路に着くのだった。
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