お前なんか!!~世間知らずなお嬢さまは執事を所望する~
「岬は気が利かないでしょう」
秀星は微笑みを浮かべて彩乃にそう言った。彩乃は悲しそうに眉を寄せて、そんなことないの、と言った。
「執事として雇った私に、良くしてくれるわ」
「でも、慇懃無礼な対応なだけだ。僕なら彩乃さんをより良く知っていると思いますよ。……僕ならもっと彩乃さんを楽しく、幸せにしてあげられる」
力強く手を握る秀星に、彩乃は弱々しく首を振った。小さく、ごめんなさい、と呟く声が聞こえる。
「好きな方が……、居るんです……」
しんと鎮まった放課後の特別棟の片隅で、彩乃のささやきが響くように聞こえた。彩乃の目の前に居る秀星はそれを分かったかのように、悲壮な顔をして居ない。しかし、その場を覗き見てしまった岬の心臓は、痛いくらいに激しく打っていた。
(彩乃の……、好きな人……?)
誰かに想いを寄せているようには見えなかった。高校に入学してからも、岬の隣で彩乃は変わらず尊大に笑っていたと思っていた。でもその笑顔の下に、片恋の相手を想う顔を潜めていたのだ。小六から宮田の屋敷に呼ばれて以来、見せたことのなかった顔があったというのか。
耳の鼓膜の奥で激しく打ち鳴らされる動悸の音に、震える手のひら。とてもその場に居られなくて、岬はそっとその場を離れた。
(誰……? 一体誰のこと……!?)
動揺する自分をおかしいとは思わなかった。ただひたすら、彩乃の想う相手を知りたいと思った。