私の好きな彼は私の親友が好きで
「でも、美月 幸せそうだったな・・・お前は可哀相だけれど
良かったのかもしれないな・・」
「俺は良いのかよ!」
「・・ぅうんん・・・」
「なんだよ! 歯切れ悪いな!」
「女は1度不信感を持つと駄目な脳らしいよ・・ある研究だと、
老夫婦が仲良く暮らしていたのに、ある時旦那が30年以上前にした浮気を
告白する・・時効だと思って・・男は昔の事と呑気に遣り過ごしたが、
奥方は、さっきまで自分の人生は幸せだと話していたのに、30年以上前の
浮気を知ってから、その間にあった全ての幸せを台無しにされるように
記憶が塗り替えられてい行くらしい・・あの、幸せの裏に旦那は私を
欺いていたとね・・」
「そうなんだ・・」
「だから、1度でも陽菜に心持っていかれたのを目の当たりにしているから
上手くいかなかったかもしれない。」
なにも言えない・・・「告れば」と美月が言った時の事を思い出す・・
(うん? 省吾のその理屈で言ったら・・)
「俺、半年後に父親になる。」
「父親??」
「そう、父親!」
「おめでとう・・相手は幼馴染ちゃん?」
「そう!」
「いや~良かった!省吾もパパか!!」
おめでたい話なのに、省吾は大して嬉しそうに見えない・・
「そんな顔しているのは出来ちゃった婚?だからか・・」
「いや、婚じゃない・・」
「うん?」
「結婚はしない」
「え! なに!なに! お前 今更 結婚しないとか・・」
「違う。」
暫く省吾は口を開こうとしない・・・
「1年前に彼女に言われたんだ『そろそろ、子供が欲しいって』・・
俺、凄く嬉しくて『良いね!』って・・漸く結婚してくれる・・
プロポーズ受けてくれるって浮かれていたら・・彼女
『子供は欲しいけれど結婚はしない』って・・それなんだ?って
思うだろう?彼女は繰り返し『子供が欲しいの・・でも、結婚はしない』
『そんなの無責任だろう。両親が揃っている方が良い』って言っても
『これは私が何年も考えて決めた事・・だから省吾がどんなに説得しても
私は自分の考えを変えるつもりは無いよ。説得は時間の無駄だから』
そう、バッサリ切られた・・」
「えっと・・意味が解らないんだけれど・・普通、妊娠したから
責任取って結婚してって女から迫られるのに・・」
「ようするに俺の子種だけくれって事・」
自嘲気味に笑う省吾に、どんな言葉を掛けるべきなのか・・
「でも、妊娠、出産。子育てって容易くないよね・・」
「あいつは俺より稼ぐよ。」
「そうなの・・でもだからって・・」
「俺が大学でチャラチャラしている時にあいつは
働きながら学校通って資格沢山とってさ~
多分、それも全部考えて、自分の中で出来るって算段がついたから
子供って口にしたと思う。」
「話が突拍子も無くて、着いて行けないだけれど・・
結婚はしないで子供を産んで、お前はどうするの?幼馴染ちゃんは
何処を目指しているの?」
「ブッチャケ、俺を必要としているのは子種だけ。」
多分、俺は凄い間抜けな顔をしているだろう・・
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
「彼女は認知も、養育費も、父親も、子育ての協力も期待していない」
「どうして・・?」
「・・・・・・それは俺があいつを裏切ったからだよ・・」
「だって、それは大学1年の時、たった3ヵ月・・」
「さっき、言っただろう・・女の脳は男と違う・・
男にとって昔の事でも女にとってはそれは現在進行形なんだよ。」
「・・・」
「あいつは、多分、俺が断る事を前提で話したと思う・・俺も両親が
揃ってが良いに決まっているって言ったからね。彼女はそれも折込済みで
『離婚するかも知れない可能性があるのなら、最初から無い方が良い』と
言われた。俺達はそれなりに上手くはいっていたんだ・・」
「それなり?」
「うん、それなり・・彼女は俺が引っ越しても1度も
俺の部屋を訪ねて来ていない。
理由を聞いたら『箱が変わっても、私は省吾の部屋へ行けばあの時みたいに
証拠を探そうとしてしまう自分を知っている。あんな惨めな経験は2度としたく
無いの」と言われたら、それ以上は無理強いは出来ないよ。」
「じゃあ、幼馴染ちゃんの所に行くの?」
「それも、あんまり無いかな・・」
「え、じゃあ・・」
「そう、専らホテル・・でも、あいつは泊まらないで帰るよ・・」
「どうして?」
「怖くて聞けないよ。」と苦々しく笑う・・
「彼女が俺に不信感を抱いているのは仕方が無い・・でも、いつか
それが無くなるり、結婚したら永遠に幸せになれるって信じてたんだよ
俺。結婚っていう形でチャラに出来ると思っていた。」
「そんな条件をのんでも誰も幸せになれないだろ!」
「そう、彼女はだから俺が条件をのまないで別れる選択をすると
思っていたと思うよ・・」
「別れる為に出したって事?」
「いや、子供は本当に欲しいと思っている。だけど・・
彼女は俺が離れていくキッカケを何時も探している・・
別れたくなくて、離れたくなくて縋っているのは俺なんだよ。」
「省吾・・」
「もし、俺が子作りを拒否したら、あいつは他の男の子供を妊娠する。
俺以外の男に抱かれて、俺以外の男の子供をあいつのお腹の中で
育て、愛情をかける・・それに俺が耐えられないんだ・・・」
「省吾・・それで良いのか?」
「それ以外の選択肢は俺には無いよ・・」
「一緒にも暮らさないのか?」
「うん。それも望まれなかった・・あいつサッサとマンションを
買ったよ・・」
「それで、どうやって省吾は関わるの?」
「あいつの部屋の隣を俺も購入した。」
「は~ぁ? お前らバカだろ!」
「自覚はある・・だけど、この位しないと、あいつは俺の掌から
あっという間に居なくなる・・そして二度と関われなくなる。
望んでいなくても認知はするし、子供が成長していく過程を
見逃すつもりは無い。」
「どうしてそこまで、幼馴染ちゃんはお前に頼っ・・・」
「俺を頼れ!って悪阻の酷い時に声を掛けたらさ
『脆く不確かな物には縋れない』
そう言われたよ・・」
『脆く、不確か・・・』その言葉に、幼馴染ちゃんの負った傷の深さが
ほんの少しだけれど解った気がした・・
怖いんだ彼女も、信じていたのに裏切られて、だから自分しか
信じなくなって・・社会で生きる為のスキルをガムシャラに取得したのか・・
そして、その原因の省吾は浮気という快楽の代償が余りにも
大きすぎる・・たった3ヶ月、陽菜と浮気したが為に・・ばれてから
その子が成人するまで30年間。欲しい旦那、父という立場を誇示出来ない
現実に打ちのめされている・・それなのに離れられない業・・・
その幼馴染ちゃんが、味わった辛さを・・彼女の今までの生き様が
象徴している。
2度と、誰かに感情を、生活を脅かされたく無いと。
省吾も俺も、余りにも失ったものが大き過ぎた。