私の好きな彼は私の親友が好きで
1年ぶりに降り立った故郷の匂いは、やはりイギリスとは違っていた。
「国によって空港の匂いって違うな~」そんな事を呟くと
迎えに来ていた弟が笑った。
なんと車を運転し、迎えに来てくれた弟が、
大人になったのを感じ、少し寂しくなった。
住んでいた街も、部屋もそのまま。
久しぶりに足を踏み入れたキャンパスも、変わらなかった。
楽し気に会話している人、教授を捕まえて質問している生徒、
ベンチに座り、読書に勤しむ人、スマホを弄る人、寝転がる人。
私が居る意味が見出せなくて、逃げ出したあの日と、
何も変わっていなかった。
フイに後ろから抱きしめられた。
「みいつけた!」
その、懐かしい声、振り返らなくても誰だか解る。
「彩。ただいま」
「お帰り。美月」
私を抱きしめたのは桐谷彩。
彼女は就職しないで大学院へ進んだ。
私が唯一、帰国の報告をした友。
「美月、凄い荷物だけど何?」
「お土産に決まってるじゃん!」
「大学に持ってこなくても・・」
「あ、そうか・・でも、直ぐに渡したかったんだもん!
見た目よりは重くないの。」
と、話しながら私達もベンチに座る。
「開けて良い?」
「あけて!あけて!」
「え、何これ。見た事無い!2階建てバス型の缶、知らない。」
それは赤いタータンチェックのパッケージが有名な
お菓子のブランド。
「うん。イギリス限定」
「食べた後も飾れるね。」
そして私一番のお勧めの大物を取り出して、首を傾げる彩。
「それはイギリスの有名百貨店のイヤーベアー。」
クマのヌイグルミ。足の裏、片足に年号が刺繍されている。
もう、片足には「AYA」と刺繍して貰っている。
少し涙目になった彩は私を抱きしめた。
彩と私の間には苦しそうなイヤーベアー。
「あ~ その顔を見たかった。やっぱり、お土産持って来て正解!」
私達は眩しい日差しの中、抱き合って泣いた。
表面上は何も問題なく、大学生活に戻れた。
でも、大学に通うルートは変え、
今までは東門を使っていたが、西門を使い、バスを使って通学している。
少しでも亮介の部屋に近い道、何度も一緒に歩いた道、
思い出の公園、4人で利用していた居酒屋には、近寄りたくなかった。
万が一、2人が一緒の所を見たら・・と意気地なしな自分を
自分が嘲笑うしかなかった。
2人がどうしているか、知りたくない訳では無いが、
確認する勇気も、その現実に耐えられる勇気も無く、想いに蓋をする事で
理性を保っている事を、彩は知っているのだろう、決して二人の事を
口にする事は無かった。
コンパも参加したが、東門のお店や、あの居酒屋で開催されるのは
断っていた。
後、 もう少ししたらイギリスに戻れる。それを糧に日々踏ん張る。
皆が就職活動をしている時に、私はフランス語とスペイン語の学校に通い、
着々とイギリスに戻る準備をしていた。