私の好きな彼は私の親友が好きで

イブにホテルの和食レストランが混雑しいるわけが無く、
あっさりと個室に入れたのは、名前か、泊まっている部屋か、
どちらともか、解らないが静かに食べる事が出来る。

「美月ちゃん、俺とこのまま先に進む方向で良いんだよね?」
「先って、どこまでを言っていますか?」
「結婚。」
「・・・・・」
黙ってしまう私に少し、落胆の表情が見えたような気がした。
「結婚が嫌なの? それとも俺との結婚が嫌なの?」
「私、本当についさっきまで、イギリスに戻る事を考えて
いました。それが何時間もしないうちに 結婚 しないと
ならない状況に頭が追いついていません。」
「美月ちゃん、敬語に戻っちゃったね。」
少し寂しそうに呟かれた・・・

「スミマセン。大事な話なので緊張してしまって・・」
「そんなにイギリスに戻りたいの?」
戻りたいか、戻りたくないかと聴かれたら戻りたいに決まっている。
何故なら、ここに居たら会いたい人に会いに行ってしまうから、
忘れたい人を忘れらなないから・・・

「イギリスに誰か居るの?」
「いません!いません!」
(薫さん、逆なんです。 日本に居るから逃げたいのです)
でも、私は狡い。
私は薫さんの手を放したくなかった・・だからイギリスに行く理由を
曖昧にしている。
どうしてだろう、この手を放したくない!そう思ってしまったんだ。

「イギリスのホストファミリーのママには凄く会いたいですが・・」
「その人だけ?」
「学校の友達にも、戻ると言ってきてしまったし・・」
「だったら、一緒に旅行でイギリスに行こう。
ヨーロッパの出張もあるから、その時は美月ちゃんも一緒にね💛」
薫さんはイギリスに誰か居るのかと思っていたらしく、それが
違うと解ると、ご機嫌に会話の語尾に♡がついていた。
なぜか私もそれでイギリスに行けば、再会できるから良いか。
なんて思ってしまい、
「私、色々 楽しいところや美味しいカフェに案内出来ます!
是非、薫さんに本場のアフタヌーンティーを味わってもらいたいです。」
なんて口にしていた。
その言葉を口にしている時に、私は薫さんとお気に入りのカフェで
アフタヌーンティーをするのを本当に想像していたのだ。

「じゃあ、イギリスの問題はクリアしたね。
次の心配は何?」
「仕事ですかね?」
「自分の事なのに疑問形なの?」
そこへ、美しく盛り付けられた先付けが提供される・・
「美味しい!」
「君は何を食べても美味しそうに食べるね。」

そんな事を初めて言われた・・
私はどちらかと言うと食に興味が無くて、
何かと食事を忘れがちだから・・

「そんな事、言われたの初めてです。」
「そう?」
「はい、私、食べる事に興味が無くて、だから
イギリスでもホームシックにならなかったと、
家族に言われていた位・・」
「じゃあ、俺の前、限定なんだ」
その言葉に真っ赤になり、俯いてしまう・・
フフフと彼が笑い、益々赤くなった。

「美月ちゃん、仕事・・俺の会社はイヤ?」
「さっきも話しましたが、私、本当に社会経験が無くて
アルバイトさえ、した事が無くて・・だから、もし
薫さんの会社に入ったら、愛想つかされてしまいます。
小さな、小さな自分に見合った会社で良いんです。」
又、顎に手を当てて何かを考えている。
これ、薫さんの癖なんだろな~と その、長くて、少し節くれだった
指を見ている。

「美月ちゃんが働ける場所は2つしかないと思うよ。
1つは俺の秘書になる事。」
経験もないのに畏れ多くて、そんな仕事は出来ないと
首を横に振る。
「もう1つは高遠社長の会社に入る事。これしか無いよ。
高遠社長が美月ちゃんを、見ず知らずの会社に就職させる訳ないよね。
それは流石に俺も反対する。」

そう、薫さんの言っている事は当たりだ。
私には絶対に この2つしか、選択肢は無い。
父の会社は嫌だ・・娘が入社したら、それこそ
腫れ物に触るみたいで、人間関係も構築出来ない。
かと言って、飯島コーポレーションに入るのも気が引ける。
それこそ、薫さんと破談になったら目も当てられない。

「う~~ん・う~ん」唸る。
「俺の会社に就職するのが嫌な理由は、さっき、聴いた。
じゃあ、高遠ホールディングスに就職するしかないよね。
人気のある企業だし。働きやすい会社だと思うよ」
「知ってます。でも、私が田中とか鈴木なら、入社して社長と同じ名字でも、
気にも留めませんけれど、流石に高遠って・・中々居ない名字だから、
あ~縁故かって・・それが嫌なんです。そして興味本位に皆さん
調べて、社長の娘って解ったら、近づくか離れるかですよね。」

(何度も経験している。特に大学に入ってからは就職活動が活発になると
探りを入れてくる人の多い事・・)

「成程ね。後は何が心配?」
「薫さん、薫さんと結婚したら表に立つことになりますよね?
22,3歳の大学でたての私では役不足じゃないでしょうか?」
「うちの母も大学を出て、直ぐに父と結婚した。君より1歳若かったよ。
それが今では あんなだけれど?父は母に何も求めなかったよ。
1つを除いて。」
「父の側を何があっても離れない事。これだけを父は望んで、
母もそれに応えている。俺も美月ちゃんに望むのは
俺の側から居なくならないで欲しい。それだけ。後は
どうにかなる。2人で居れたら。」

その言葉に私は胸の奥が苦しくなった。
その苦しさは、亮介を忘れきれない罪悪感か
薫さんに対する、得も言われぬ感情に戸惑うしかなかった。
この人は私に向き合ってくれている、じゃあ、私は?
不誠実だ。

「本当に、傍に居るだけで良いのでしょうか?」
「あぁ。でも、それが一番簡単で、一番難しい。」

確かにその通りだ。亮介の傍に居たいと思ったけれど居れなかった。
薫さんだって何時か陽菜みたいな可愛い子が良いと言うかもしれない・・
そう、先の事なんて解らない。
私は少し、心に靄がかかった。

それを察したのだろか、薫さんは急にイルミネーションの話をしてきた。

「食事が終わったら、又少しだけ散歩しないか?」
「良いですね。綺麗だったから嬉しい。」
その後は食事を楽しみ、当たり障りのない会話に終始した。
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