私の好きな彼は私の親友が好きで
何かがブツと切れた。
忙しい合間を縫い、少し時間が空くと
バーに行き、後腐れない女と一夜を共にする。
顔も、名前も何も覚えてない女を組み敷き、
自分の欲望だけを吐き出す。
爛れた生活を3ヶ月送った。
その場は満足しても、ベッドに横たわる顔も見ない
女性を見下ろし、自分の行動が虚しくなるだけだった。
それに、気が付き、そんな生活にピリオドを打ち、
仕事に専念し、成果を出そう。高遠社長に認められるように。
翌年も彼女は美しく可憐だった。
その美しさは人目を引き始めていたからか、傍には少し逞しく、
青年になった弟が張り付いていた。
遠目で見ながら「必ず手に入れる」そう誓った。
大学4年の年、彼女を見て驚いた。
美貌は増していたのに、今にも消えて無くなってしまいそうな
青白く、覇気の無い顔をしていた。
その身体は薄く、儚げで、
近寄ると感電しそうな位、ピリピリとした空気を纏っていた。
その横に弟だけでなく、社長夫人の美穂さんも
寄り添うようにいた。
本当は就職活動の話をして、飯島コーポレーションに入社を打診する
つもりだったが、今はその時では無いと思い、見るだけ・・
複雑な気分だった。
自分のもの にしたかったのに、自分のもの にするには
彼女には、痛みを伴う事が、必要不可欠だったことを・・・
俺は、彼女の不幸を願った。その結果が多分、今の彼女だ。
好きな女の不幸を願った自分が腹立たしく思う反面、
嬉しかった。
来年は俺のものにする。そう誓い会場を後にした。
彼女の不幸を願い、喜んだ罰だろうか、勇んで向かった今年のパーティーに
彼女の姿は何処にも無い。
動揺が走る。もしかたら 時すでに遅しだったのか
焦り、今までしなかった行動をする。
母と美月ちゃんの母親である美穂さんが、話している所に
割って入った。
その行動に母が眉を顰めたが、
「美月ちゃん、今年はどうされたのですか?」
その問いに 母が柔らかく微笑んだ。
「イギリスに居るの。薫君 美月を知っているの?」
「はい、彼女は覚えていないかもしれませんが、
小学生の時に、高遠ホールディングスで会いました」
「そう。」
「旅行ですか?」
そんな事無い。と解っていて聞く
「留学よ。本当は2,3年前で考えていたんだけれど、
昨年になってしまったの。私達の中では、1年の予定なんだけれど
戻る気配を感じられなくて、主人が強硬手段にでそう。」
少し笑ったが、複雑な笑みだった。
(戻る気配が無い・・)
母親のその勘は外れないだろう。
何か手を打たないと、美月ちゃんは永遠に手に入らない。
それは、何よりも恐怖だ。
翌日、高遠社長にアポを取る。
自分が飯島コーポレーションの専務になってからは
公の席でしか会う事が無かった。
「薫君、久しぶりだね。」
「はい。ご無沙汰しております」
「どうだ、大企業の重役の立場は?」
「大変です。」
「そろそろ、内助の功も必要な頃だね」
曖昧に笑う・・・
「高遠社長、お嬢さん、帰国に難色を示しているのですか?」
社長は”ホー”と言いながら眉をあげた。
「肌にあったのかね、ホームシックにもならず、こちらが
寂しいよ。」
「戻さないのですか?」
「戻したいけれど、あの子も頑固な面もあるからね。
下手したら一生、口を利いてくれなくなる。何かいい案でも
あるのかい?」
「大学は休学ですか?」
頷いたのを確認して続ける。
「取り合えず、日本の大学を卒業してから、と言うのは
どうでしょうか?中途半端では無く、一つクリアしてから
次のステージに進むべきだと。帰国しても1年弱で卒業出来るのだから、
安心して戻って来れるのでは無いでしょうか?」
「ふむ、それでは 帰国して卒業したら戻ってしまう。」
「結婚」
「・・・納得するとは思えない・・」
社長の眼を真直ぐに見つめ、意を決して
「私にチャンスを下さい。」
そう言って頭を下げた。
長い沈黙の後に
「永かったな~ 薫君、10年だろ?」
下げた頭を何かで殴られたような衝撃が走ったような言葉。
顔をあげると、高遠社長が 複雑な顔をしていた。
「美月が、小学生のときだよね。」
隠しようが無い、図星だった。
「はい。ご存じでしたか。」
「第六感・・・君の眼を見て解ったよ。」
「じゃあ、私が自覚するよりも早いですね。」
「悩んだかい?」
「はい。 変態かと思いました。」
ハッ、ハッ、ハッと豪快な笑い声が響く。
「薫君、」急に声のトーンが変わった。
「美月は、あの頃の美月では無いよ。とても傷ついて、ボロボロだ」
「はい。昨年、そう思いました。」
「そうか・・・それでも良いのか?」
「はい。高遠社長のお許しを頂けるのならば」
「手強いぞ。」
「10年 待ったので。」
10年。この腕に、美月ちゃんを抱き寄せるまで、10年もかかった。
今更、誰にも渡す事は出来ない。
他の男の事で、傷ついた美月ちゃんを後ろから抱きしめ、
眠った彼女の頭にキスをおとしながら再度、囁く。
「もう、この腕の中から離さないからね。」
寝ている美月の瞼が、ピクピクと痙攣した。