私の好きな彼は私の親友が好きで
梅雨がそろそろ明ける頃、私は企画営業部にいた。

「飯島君」課長に呼ばれる
「はい。なんでしょうか?」
「申し訳ないだけれど、これ午前中に昭和物産に届けてくれないかな?」
「解りました。」
「向こうの担当は八木沼さんと言う女性だから。
本当は遠藤が持参の予定だったけれど、体調不良で休んでいるから
急な用事でスマナイね」
「大丈夫です」
お使いとは言え、初めて客先に向かう用事に少し、緊張とワクワクした
気持ちがあった。

受付で八木沼さんをお願いすると、颯爽と出て来た女性は
20代後半だろうか?キリリとした出来る感たっぷりの女性だ。
「高遠ホールディングスの飯島と申します。」
そう言って初めて自分の名刺を差し出す。
「本日、遠藤が体調不良でお休みを頂いております関係で
私が書類を持参致しました。」
「八木沼です」と彼女も名刺を出す。
八木沼さんは、私と名刺を交互にみて、
「初めてお目にかかりますよね?」
と、少し戸惑いながら口にした。
「はい。新入社員です。」
「あ、だから部署が書いてないんですね。確か高遠さんは新人研修で
全部の部署を回るんですよね?」
「はい」
「大変でしょうが、頑張ってください。」
たったそれだけの会話。それなのに、以前、薫さんが”新入社員だって
会社の看板を背負っている”の言葉を思い出し、身の竦む思いをした。

緊張したまま、昭和物産を後にすると、丁度12時だった。
「お昼、こっちで食べてから帰ろう」
そう思ったのは、帰っても混雑しているから、滅多に来ない場所で違う何かを
食べたかった。たったそれだけの軽い気持ちだった。

一寸、レトロな喫茶店の前にあったランチメニューのドリアに惹かれ、
それだけで選んだお店。

席に座り、薫さんにメッセージを送る。急な外出で外でランチする事、
緊張した事、そんな他愛のないメッセージを・・

私の後ろの席に誰が座ったなんて、気が付きもしなかった。
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