『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
初めての浄化をした翌朝。目を覚ますと体調はすっかり戻っていた。あんなに疲労感が強かったのは、初めての浄化だったからかな。とにかく問題なく動けるようで安心だ。
隣に居た瑠果ちゃんは姿がないのでもう起きているみたいだ。そういえば、昨日の犬たちはどうなったんだろう? そう思いながらテントから出ると──
「わんわんっ」
「──!」
突然の吠え声に体が硬直する。小さいとき噛まれて以来、見るのはいいけど近付くのはどうしても苦手だ。声の方向を見ると、こちらに気づいた大きなもふもふがすごい勢いで走ってくる。しっぽを振って好意を見せてくれるのは嬉しいけど、飛びつかれるのは怖い!!
「わんっ」
「うわわわ」
思わず目をつぶって後退りする。後ろに下がった勢いで、しりもちをついてしまった。でも、何かが飛びかかってくる様子は一向にない。
「こら、いきなり飛びつこうとしたら危ないだろ」
目を恐る恐る開けると、わふわふと毛玉たちに囲まれているテオドールがいる。ちょうど割って入って押し留めてくれたらしい。飛びかかられるかも、と思ったのもあって、ほっとした心臓がばくばくとうるさく鳴った。テオドールはそのまま犬たちを撫でたりして戯れている。
心なしか緩んでいる顔を見て、動物が好きとかそんな設定が合ったっけ? と思わず考えてしまったけれど、目の前いるのはゲームの『彼』ではなくこの世界のテオドールだ。同じではないのだ。改めて感じた差異に……でも別にそれは、悪いものではない。なんだかぐるぐると頭と心臓が忙しく、体から魔力があふれそうな気がして。心配して声をかけてくれた瑠果ちゃんにも頷き返すのがやっとだった。
犬たちは浄化のおかげかすっかり元通りになったようで安心した。私たちの乗った馬車の前を先導するように走って進んでいく。レオンハルトによるとこの方角に村があったそうなので、そこで飼われていたのでは、ということだ。
がたごとと進む馬車の中で、ちらりとテオドールを見やる。相変わらずかっこいい……じゃなくて、今度はちゃんとお礼を言いたい。でもどうやって話しかけようか。ぐだぐだと考えているうちに、ふいにテオドールが目を上げて視線がぶつかった。
「……何だ?」
「ひぇ」
心の準備が出来てなさすぎて、またもや失礼な悲鳴が出てしまった。テオドールの顔も不機嫌そうに変わる。ああああ……頭を抱えて転がり回りたい。。それでも、意を決してなんとか話を続ける。
「テオドールさん、さっきは……実は犬が苦手で……あの、とても怖かったので、間に入ってもらって、すごく助かりました。ありがとうございました」
しどろもどろになりながらも、何とかお礼を言いきって頭を下げた。焦って怖かったとかどうでも良いことまで伝えてしまったけど、なんとか言えたのでいいだろう。
「別に、大したことじゃない。
……あと、その馬鹿丁寧な喋り方はやめろ。むずがゆくなる。テオドールでいい」
何を言われたかわからなくて、ぽけっと口を開けたまま固まった。名前を。呼び捨てにして良いと。言った? いやいやこの世界では大半呼び捨てが普通だ。アルフレートと同じく特別な意味はない。でも私には、テオドールは、テオドールの名前は、特別なものだから。
「お前、今──すごく、間抜けな顔してるぞ」
そのまま固まっていると、堪えきれないようにテオドールがくつくつと笑い出した。そんなに笑うほど変な顔をしてしまってる?! 色々なことが畳み掛けるように起きて頭の中が混乱する。言い表せない感慨が押し寄せて、鼻の奥がつんとした。
ぽん、と、感情の爆発に合わせて私からあふれだした魔力が光の玉になってテオドールに飛んでいった。さらなる失態に慌てる間もなく、もちろん無意識のことなので止めようがない。でも、光の玉に気を悪くした様子も、不機嫌そうな様子もない。何が琴線に触れたのか、そのあともテオドールは笑っていた。
陽のあるうちにはまだ村に辿り着けず、途中で野営をすることになった。治癒魔法の練習も兼ねて、寝る前に全員への疲労回復魔法をかけるのは私と瑠果ちゃんの日課になっていた。今日は、ずっと馬車と一緒に走っていた犬たちにも回復がかかるように意識する。そのあとは魔力制御の訓練をしていたけど、気がつくとまた日中のことを思い出してしまっていた。
『彼』に会えたのだと、どうしてもそう思ってしまって、私は全然この世界のテオドールのことを見ていなかったのかもしれない。瑠果ちゃんと同じ。容姿は限りなく似ていても中身が違うのだから、例えば立っている姿勢ひとつとっても『彼』と同じな訳がない。可笑しそうに笑ったテオドールが眩しくて、思い出しては体の中の魔力がぐるぐると渦巻く感じがする。
この世界のテオドールと『彼』は違う。同じじゃない。それを忘れないようにしなくてはいけない。改めて肝に命じて、心の動きを無視した。
隣に居た瑠果ちゃんは姿がないのでもう起きているみたいだ。そういえば、昨日の犬たちはどうなったんだろう? そう思いながらテントから出ると──
「わんわんっ」
「──!」
突然の吠え声に体が硬直する。小さいとき噛まれて以来、見るのはいいけど近付くのはどうしても苦手だ。声の方向を見ると、こちらに気づいた大きなもふもふがすごい勢いで走ってくる。しっぽを振って好意を見せてくれるのは嬉しいけど、飛びつかれるのは怖い!!
「わんっ」
「うわわわ」
思わず目をつぶって後退りする。後ろに下がった勢いで、しりもちをついてしまった。でも、何かが飛びかかってくる様子は一向にない。
「こら、いきなり飛びつこうとしたら危ないだろ」
目を恐る恐る開けると、わふわふと毛玉たちに囲まれているテオドールがいる。ちょうど割って入って押し留めてくれたらしい。飛びかかられるかも、と思ったのもあって、ほっとした心臓がばくばくとうるさく鳴った。テオドールはそのまま犬たちを撫でたりして戯れている。
心なしか緩んでいる顔を見て、動物が好きとかそんな設定が合ったっけ? と思わず考えてしまったけれど、目の前いるのはゲームの『彼』ではなくこの世界のテオドールだ。同じではないのだ。改めて感じた差異に……でも別にそれは、悪いものではない。なんだかぐるぐると頭と心臓が忙しく、体から魔力があふれそうな気がして。心配して声をかけてくれた瑠果ちゃんにも頷き返すのがやっとだった。
犬たちは浄化のおかげかすっかり元通りになったようで安心した。私たちの乗った馬車の前を先導するように走って進んでいく。レオンハルトによるとこの方角に村があったそうなので、そこで飼われていたのでは、ということだ。
がたごとと進む馬車の中で、ちらりとテオドールを見やる。相変わらずかっこいい……じゃなくて、今度はちゃんとお礼を言いたい。でもどうやって話しかけようか。ぐだぐだと考えているうちに、ふいにテオドールが目を上げて視線がぶつかった。
「……何だ?」
「ひぇ」
心の準備が出来てなさすぎて、またもや失礼な悲鳴が出てしまった。テオドールの顔も不機嫌そうに変わる。ああああ……頭を抱えて転がり回りたい。。それでも、意を決してなんとか話を続ける。
「テオドールさん、さっきは……実は犬が苦手で……あの、とても怖かったので、間に入ってもらって、すごく助かりました。ありがとうございました」
しどろもどろになりながらも、何とかお礼を言いきって頭を下げた。焦って怖かったとかどうでも良いことまで伝えてしまったけど、なんとか言えたのでいいだろう。
「別に、大したことじゃない。
……あと、その馬鹿丁寧な喋り方はやめろ。むずがゆくなる。テオドールでいい」
何を言われたかわからなくて、ぽけっと口を開けたまま固まった。名前を。呼び捨てにして良いと。言った? いやいやこの世界では大半呼び捨てが普通だ。アルフレートと同じく特別な意味はない。でも私には、テオドールは、テオドールの名前は、特別なものだから。
「お前、今──すごく、間抜けな顔してるぞ」
そのまま固まっていると、堪えきれないようにテオドールがくつくつと笑い出した。そんなに笑うほど変な顔をしてしまってる?! 色々なことが畳み掛けるように起きて頭の中が混乱する。言い表せない感慨が押し寄せて、鼻の奥がつんとした。
ぽん、と、感情の爆発に合わせて私からあふれだした魔力が光の玉になってテオドールに飛んでいった。さらなる失態に慌てる間もなく、もちろん無意識のことなので止めようがない。でも、光の玉に気を悪くした様子も、不機嫌そうな様子もない。何が琴線に触れたのか、そのあともテオドールは笑っていた。
陽のあるうちにはまだ村に辿り着けず、途中で野営をすることになった。治癒魔法の練習も兼ねて、寝る前に全員への疲労回復魔法をかけるのは私と瑠果ちゃんの日課になっていた。今日は、ずっと馬車と一緒に走っていた犬たちにも回復がかかるように意識する。そのあとは魔力制御の訓練をしていたけど、気がつくとまた日中のことを思い出してしまっていた。
『彼』に会えたのだと、どうしてもそう思ってしまって、私は全然この世界のテオドールのことを見ていなかったのかもしれない。瑠果ちゃんと同じ。容姿は限りなく似ていても中身が違うのだから、例えば立っている姿勢ひとつとっても『彼』と同じな訳がない。可笑しそうに笑ったテオドールが眩しくて、思い出しては体の中の魔力がぐるぐると渦巻く感じがする。
この世界のテオドールと『彼』は違う。同じじゃない。それを忘れないようにしなくてはいけない。改めて肝に命じて、心の動きを無視した。