『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
「二人ともびしょ濡れじゃないですか! それにその子は……」
野営地に戻るとバルトルトは私たちを見て目を丸くした。テオドールの腕のなか、女の子はまだ気を失っている。
「穢れにあてられた動物に襲われていたから保護した。……多分親は死んでる」
簡潔な説明ながらも色々察したのか、テオドールから女の子を受けとったバルトルトはそれ以上何も聞かず彼女を毛布にくるんで焚き火の側にそっと寝かせた。
「兄さん、ユウキさんも、早く着替えた方がいいですよ。風邪をひきます」
バルトルトに促されすっかり冷えて重くなった服を着替える。全員に回復魔法をかけて、火にあたりながら先ほどの出来事を共有する。
「なるほど……大体わかりました。この子はこのままというわけにはいきませんね」
「うん。一人で置いてはいけないよ」
「……まあ、そうだな。森には肉食の獣もいる」
軽く頷くと、バルトルトはあごに手を当てて少しの間考えていた。
「……彼女の家までは難しいかもしれないですが、せめて近くの村まで送り届ける、ということでどうでしょうか」
事情を聞いてからにはなりますが、と前置きしたバルトルトのその提案に、私とテオドールも首を縦に振る。旅装をしていることからこの子はずっと遠くから来た可能性もある。けれど私たちの旅は危険を伴うため、バルトルトの言うとおり長くは一緒に居ない方がいいだろう。
話がまとまったところで、今日はもう遅いので休むことにした。女の子を馬車の中に移動させてその隣に横になる。少し不安になって、胸が上下して呼吸をしているのを確かめてしまった。すっかり眠っているようだ。胸辺りまである桃色の髪は今は汚れているけれど、柔らかそうな髪質だ。サイドの髪の一部には大きなビーズが連なったような髪飾りがついている。腕のバングルにはまっているものと同じく、これも何かの鉱石でできているようだ。……明日目が覚めたら、とりあえずお風呂にいれてあげよう。
そういえばあの時の光の壁は、無意識だったけれど私の魔法が形になったもので合っているだろうか。明日の訓練の時に確かめてみなくては。それに、大きな鹿に向かっていったあの炎の塊。あれは私でもテオドールでも無いだろうから、この子の魔法だったのかな。あのお陰で鹿が弱り、穢れを祓うことができた。あんな風に敵を倒せる魔法が使えれば、もっと皆の役に立てるだろうか。
翌朝私たちが起きてしばらくしても、女の子はまだ眠り続けていた。もしかすると、しっかりと睡眠をとるのが久しぶりなのかもしれない。険しい寝顔は土汚れがついているけれど、明るいところで見るとやはりだいぶ幼く感じる。
じっとその顔を眺めていると、髪と同じ桃色のまつ毛が震えて、そっと目が開いた。燃えるような赤の瞳だ。
女の子は飛び起きて周囲を警戒していたけれど、私とテオドールに見覚えがあったのか少しほっとしたような顔になった。きょろきょろと周りを見て、自分が何処にいるのかをはかりかねているようだ。
「あの動物はもういないから大丈夫。すぐに夜になるところだったから、私たちのところに連れてきたの」
私の言葉に頷きつつ、女の子は自分の口と喉を指差し、パクパクさせて首を振った。……声が出ない……喋れない、ということなんだろうか。
手近な木の枝を拾い、『たすけてくれてありがとう』と地面に文字を書いてくれたみたいだ。私はまだこちらの世界の文字がちゃんと読めないので、テオドールとバルトルトが読み上げてくれた。
「貴女の名前を教えてくれますか?」
バルトルトの質問に、女の子は頷いてかりかりと地面に答えを書く。
「スピカ、というんですね」
「スピカ……星の名前だ」
知っている言葉だったので思わず反応してしまったけれど、こちらに同じ名前の星が有るわけではないからか、女の子──スピカは私の言葉に軽く首をかしげた。
「親とか、他に大人は一緒じゃないのか?」
彼女は口を噛み締めて、でも淡々と地面に綴っていった。二人ともそれを読み上げてくれず、難しい顔をして見つめている。
「……何て書いてあるのか、聞いてもいい?」
「……父親が居たみたいだが、死んだそうだ」
スピカは住んでいた村をお父さんと二人で出て、行商の旅をしていたようだ。お父さんが亡くなった原因は彼女にもわからず、何かに襲われたというわけでもない。本当に運悪く突然死だったのかもしれない。お父さんが亡くなってから一月程、森の中で獣を避け、持っていた食糧などで食い繋いでいたそうだ。
私たちは、遠いところまでは送っていけないけれど、良ければ近くの村まで一緒に行こうと話した。特にそれ以上の説明を求めるでもなく、スピカは頷いて『ありがとう』と地面に書いた。
スピカをお風呂に入れたり腹ごしらえをしたりしてから、全員でスピカと出会った場所に行った。やはりあの白骨化した遺体は彼女のお父さんだったようだ。
さすがに遺体を乗せていくことはできないので、必要なものや遺品として僅かなものだけ回収して、この場所へ埋葬していくことになったのだ。持っていた商品はどこか買い取ってくれるところを見つけて、スピカの今後のために使ってもらうことにする。
骨になった腕にはスピカが身に付けているものと似たバングルがはまっている。森にいる間何度も様子を見に来ていたのか、スピカは表情を変えず、静かに埋葬の様子を眺めていた。
テオドールとバルトルトが掘ってくれた穴に遺体を埋め、スピカは盛り上がった土の上に骨の腕から外したバングルをそっと置いた。お供えに少しの食糧と、お水をかけて手を合わせる。小さなスピカを置いていくのはどんなにか心残りだったろう。
野営地に戻るとバルトルトは私たちを見て目を丸くした。テオドールの腕のなか、女の子はまだ気を失っている。
「穢れにあてられた動物に襲われていたから保護した。……多分親は死んでる」
簡潔な説明ながらも色々察したのか、テオドールから女の子を受けとったバルトルトはそれ以上何も聞かず彼女を毛布にくるんで焚き火の側にそっと寝かせた。
「兄さん、ユウキさんも、早く着替えた方がいいですよ。風邪をひきます」
バルトルトに促されすっかり冷えて重くなった服を着替える。全員に回復魔法をかけて、火にあたりながら先ほどの出来事を共有する。
「なるほど……大体わかりました。この子はこのままというわけにはいきませんね」
「うん。一人で置いてはいけないよ」
「……まあ、そうだな。森には肉食の獣もいる」
軽く頷くと、バルトルトはあごに手を当てて少しの間考えていた。
「……彼女の家までは難しいかもしれないですが、せめて近くの村まで送り届ける、ということでどうでしょうか」
事情を聞いてからにはなりますが、と前置きしたバルトルトのその提案に、私とテオドールも首を縦に振る。旅装をしていることからこの子はずっと遠くから来た可能性もある。けれど私たちの旅は危険を伴うため、バルトルトの言うとおり長くは一緒に居ない方がいいだろう。
話がまとまったところで、今日はもう遅いので休むことにした。女の子を馬車の中に移動させてその隣に横になる。少し不安になって、胸が上下して呼吸をしているのを確かめてしまった。すっかり眠っているようだ。胸辺りまである桃色の髪は今は汚れているけれど、柔らかそうな髪質だ。サイドの髪の一部には大きなビーズが連なったような髪飾りがついている。腕のバングルにはまっているものと同じく、これも何かの鉱石でできているようだ。……明日目が覚めたら、とりあえずお風呂にいれてあげよう。
そういえばあの時の光の壁は、無意識だったけれど私の魔法が形になったもので合っているだろうか。明日の訓練の時に確かめてみなくては。それに、大きな鹿に向かっていったあの炎の塊。あれは私でもテオドールでも無いだろうから、この子の魔法だったのかな。あのお陰で鹿が弱り、穢れを祓うことができた。あんな風に敵を倒せる魔法が使えれば、もっと皆の役に立てるだろうか。
翌朝私たちが起きてしばらくしても、女の子はまだ眠り続けていた。もしかすると、しっかりと睡眠をとるのが久しぶりなのかもしれない。険しい寝顔は土汚れがついているけれど、明るいところで見るとやはりだいぶ幼く感じる。
じっとその顔を眺めていると、髪と同じ桃色のまつ毛が震えて、そっと目が開いた。燃えるような赤の瞳だ。
女の子は飛び起きて周囲を警戒していたけれど、私とテオドールに見覚えがあったのか少しほっとしたような顔になった。きょろきょろと周りを見て、自分が何処にいるのかをはかりかねているようだ。
「あの動物はもういないから大丈夫。すぐに夜になるところだったから、私たちのところに連れてきたの」
私の言葉に頷きつつ、女の子は自分の口と喉を指差し、パクパクさせて首を振った。……声が出ない……喋れない、ということなんだろうか。
手近な木の枝を拾い、『たすけてくれてありがとう』と地面に文字を書いてくれたみたいだ。私はまだこちらの世界の文字がちゃんと読めないので、テオドールとバルトルトが読み上げてくれた。
「貴女の名前を教えてくれますか?」
バルトルトの質問に、女の子は頷いてかりかりと地面に答えを書く。
「スピカ、というんですね」
「スピカ……星の名前だ」
知っている言葉だったので思わず反応してしまったけれど、こちらに同じ名前の星が有るわけではないからか、女の子──スピカは私の言葉に軽く首をかしげた。
「親とか、他に大人は一緒じゃないのか?」
彼女は口を噛み締めて、でも淡々と地面に綴っていった。二人ともそれを読み上げてくれず、難しい顔をして見つめている。
「……何て書いてあるのか、聞いてもいい?」
「……父親が居たみたいだが、死んだそうだ」
スピカは住んでいた村をお父さんと二人で出て、行商の旅をしていたようだ。お父さんが亡くなった原因は彼女にもわからず、何かに襲われたというわけでもない。本当に運悪く突然死だったのかもしれない。お父さんが亡くなってから一月程、森の中で獣を避け、持っていた食糧などで食い繋いでいたそうだ。
私たちは、遠いところまでは送っていけないけれど、良ければ近くの村まで一緒に行こうと話した。特にそれ以上の説明を求めるでもなく、スピカは頷いて『ありがとう』と地面に書いた。
スピカをお風呂に入れたり腹ごしらえをしたりしてから、全員でスピカと出会った場所に行った。やはりあの白骨化した遺体は彼女のお父さんだったようだ。
さすがに遺体を乗せていくことはできないので、必要なものや遺品として僅かなものだけ回収して、この場所へ埋葬していくことになったのだ。持っていた商品はどこか買い取ってくれるところを見つけて、スピカの今後のために使ってもらうことにする。
骨になった腕にはスピカが身に付けているものと似たバングルがはまっている。森にいる間何度も様子を見に来ていたのか、スピカは表情を変えず、静かに埋葬の様子を眺めていた。
テオドールとバルトルトが掘ってくれた穴に遺体を埋め、スピカは盛り上がった土の上に骨の腕から外したバングルをそっと置いた。お供えに少しの食糧と、お水をかけて手を合わせる。小さなスピカを置いていくのはどんなにか心残りだったろう。