『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
「父上、久しぶりだな」
「テオ、お前背が高くなったんじゃないか?」
「この歳でそんなにのびるわけないだろ。……ほら」
 テオドールは持っていたものをお父さんに手渡す。何かと思ったら、お祭の食べ物やお酒だったみたいだ。洞窟の部屋は生活空間も整えられていてたくさんの備蓄もあるみたいだけど、今日はお祭だから特別なのかな。
「それで、そっちのお嬢ちゃんは? お前の嫁か?」
「ちが違います!!」
「……父上……」
 つい昼間に聞いたのとまったく同じ質問に反射で否定する。同じからかい方なのはさすが夫婦と言うべきなのか、テオドールもため息をついている。
「悪いな『神の御使い』のお嬢ちゃん、ここに籠ってると退屈でな。
 俺は、一応この村の長ってことになってるウルリヒだ」
「あの、藤本悠希、です」
 これは全然悪いと思っていない感じだな。いたずらっぽくにやりと笑う表情がテオドールに似ているから思わずドキッとしちゃったじゃないか。
 それはそうと、お父さんの方もやはりすぐに私が『神の御使い』だとわかったみたいだ。お父さんを紹介してくれるつもりだったんだろうか。テオドールの様子を伺うと、真剣な顔をしていた。
「『神の御使い』のお前には、話しておこうと思ったんだ。
 俺とバルトの願いに関わる、一族の呪いについて。」

 テオドールとバルトルトの一族には、穢れに侵されだんだん魔物になる呪いが受け継がれている。完全に変化するまでも発作のように魔物の姿になってしまうので、呪いを受け継いだものは周囲の人を傷つけないようこの洞窟に閉じ籠っている。
 理性が完全に奪われ魔物化するかその人物が亡くなるかすると、一族の他のものに呪いが受け継がれる。二人のお母さんは村の外から来た人なので、もしお父さんが亡くなると、次はテオドールかバルトルトに呪いが発現するのだ。
「だから俺は、この呪いを解きたい。それが俺たち一族の願いだ。
 ……願いを使わせてもらう立場なのに、きちんと話したことがなくて悪かった。」
 テオドールは真っ直ぐに私を見てくれている。私は左手の中指にはまったままの隷属の指輪をちらりと見た。いまこうして自由に動けるのも、この世界に来たときテオドールが私をみつけてくれたからだ。
「あの時皆が助けてくれなかったら、私はきっと死ぬよりひどいことになってたかもしれない。最初から、願いは皆のために使うつもりだよ。この旅の途中もたくさん助けてもらったし、テオドールには……もちろんバルトルトにも、感謝してもしきれないんだ。
 穢れを全部祓ったら、呪いを解いてもらえるよう光の神様にお願いする。約束するよ」
「そう、か。……恩に着る」
私の言葉にテオドールがほっとした顔になる。でも、こちらの方がお礼を言いたいくらいだ。テオドールたちの事情を話したいと思ってもらえたことがすごく嬉しかった。

「父上は、体はどうなんだ」
「……意識が飛ぶ期間が増えてきたな。だが、せっかく『神の御使い』様が見つかったんだ。お前達が旅を終えるまで頑張るさ」
 お父さんは、呪いを受け継いでから十年この洞窟で過ごしているはずだ。時折人が訪ねてくるにしても、十年間、この暗い寒い場所でたったひとりで。私がそんな状況なら気が狂ってしまいそうだ。体は鍛え続けているようだけれど、度重なる魔物化で体力を消耗するからか憔悴がひどい。
「あの、良ければ治癒をかけさせてください」
 気休めにしかならないかもしれないけど、普通の治癒にあわせて、気力や体力も回復するようたくさん念を込めて魔法をかける。
「ありがとうな」
 少し顔色の良くなったお父さんは、ぐりぐりと無造作に私の頭を撫でた。……この歳で撫でられるとさすがに気恥ずかしい。
「父上」
「なんだ、お前の嫁じゃないんだろ?」
「……違う」
「お前らぐらいの歳は皆俺の子供みたいなもんだ」
 からからと笑いながら、お父さんはテオドールの頭もぐちゃぐちゃとかきまぜる。一応私には手加減してくれていたみたいだな。やめろと言いながらも、テオドールはどこか嬉しそうに見えた。
 ゲーム内のイベントでは、お父さんはお祭の夜完全に魔物化し、ヒロイン達が戦って浄化する。そして、バルトルトに呪いが受け継がれてしまうのだ。今はまだこうして理性を保っている様子だけど、あとどれくらいの猶予があるだろうか。
「まあ、そろそろここから……
 ……っ」
 突然、穢れの気配が一気に色濃くなる。ずあっと黒い霧がお父さんの体からあふれだし、その体を包んでいく。
「父上!」
「ぐ……ぅ……お前…ら、外に出てろ……っ」
 頭には角、背中側には尻尾に翼も生えた。そして全身に鱗が広がり、瞳は爬虫類のように変化していく。
「……おい! ユウキ行くぞ!」
「まっ、まって、待ってテオドール!」
 このまま物語の通り完全に魔物化してしまうのだろうか、それともただの発作なのか。わからないけれど、なんとか止められないだろうか。こうして物語を知りながら何もできないなんて……私はなんのためにここに来たのか、意味がない。そう思って、私の腕を引っ張るテオドールを止めた。
 このお父さんの体からあふれる穢れをいつもと同じように祓ってしまって大丈夫なんだろうか。呪いの正体がわからないから、全部を吸い取って消してしまうのは命に関わるかもしれない。何か方法を、考えろ。何か。
 集中して穢れの気配を探る。体の中にある大きな力の塊。ここから穢れが出ているんだろう。……そうだ、これ以上あふれださないようにこの部分を包んでしまうのは?
 慎重に、体の中心で渦巻く穢れの塊の周りに頑強なバリアをはりめぐらせるイメージをする。包んだら、あふれだした残りの分だけ、浄化するんだ。
 暴れる黒い霧は浄化のネックレスにどんどん吸い込まれていく。普段とは違いなかなか浄化しきれない。でもだんだんに量が減ってきた気が、する。穢れが少なくなって、視界がちかちかと明滅した。体が揺らぐのをぐっと堪える。あと、もう少し。
 膝をついて苦しんでいたお父さんは、角や翼は生えたままだけど、その瞳は人間のものに戻り、理性が戻っているのが見えた。
「これは……魔物化が止まった、のか?」
 テオドールの驚いた呟きが耳に入ったところで、私の意識は限界を迎えた。
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