『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
 体力がちゃんと戻るまで休ませてもらって、結局準備が整ったのはそれから一週間後だった。
「今度はそこまで間が開かずに会えるかしら?」
「ええ、そうできるようにします」
 出発の時にはお父さんお母さんが見送りに来てくれた。二人の村を出ていた期間を考えれば今回の滞在は僅かだったかもしれない。それでも呪いから解放される展望が開けたからか、お母さんの顔は晴れやかだ。
 お父さんの姿を外で改めて見ると、やはり翼が最高にかっこいい。村のちびっこたちもキラキラの目で眺める気持ちがよく分かる……コスプレの作り物とは違って、自分の意思で動かせるその生き物感がすごい。やっぱり手触りは爬虫類系なんだろうか。
 思わず興味津々に見てしまっていたけれど、ふいにお父さんと目が合い、ニヤリとした笑みを浮かべる。
「ちょっと借りてくぞ」
 テオドールとバルトルトに声をかけたお父さんはひょいと私を抱えあげたかと思うと、そのまま、翼を広げて空へ舞い上がった。
「えっ、ちょ、うわわわっ」
「父上!?」
 ばさばさと翼を動かす音がして、どんどん高いところにあがっていく。体勢がどうとか言ってられない。落ちないように、お父さんの服をぎゅっと握りしめた。
「ほら、見てみろ」
 促されて、閉じていた瞼を恐る恐る開く。上空の空気は冷たくて目に刺さるようだ。
「──わあ! すごい!」
「お嬢ちゃんのお陰で、こんな新しい景色も見られたんだ。本当に感謝する。」
 空高くから、見渡す限りの大地。壮大な景色に興奮する。こちら側は山がないから地平線まで見ることができた。村は上から見るとあんな感じなんだ。あっちは私たちが来た方だな。こんな風にアインヴェルトを眺められるなんて……
「俺が洞窟に籠ってからテオは呪いを解く方法を探しに旅に出て、そのうちにバルトもついていくようになった。あいつらにも、村に残って治めるエーリカにもたくさん苦労かけちまった。一族の問題を任せることになって申し訳ないが、どうかよろしく頼む」
 そういって頭を下げられたので慌てる。
「そんな……テオドールとバルトルトにはいつもお世話になってるし、むしろ迷惑をかけてばかりだし……それに二人が好きなので、できれば何か役に立ちたくて……
 あの、なので私は自分のために願いを叶えるんです。だから、ええと……」
 ああ、まとまらないし、段々何を言いたいのかわからなくなってきた。そんな私をお父さんはどこか優しい目で見ている。
「お嬢ちゃんはテオとバルトのこと、大切に思ってくれてるんだな。魔物になるのを止めてくれた時も……二人のために死ぬな!って言われてる気がしたぜ。
 なあ、穢れを祓い終わったら、元の世界に帰るんだろ?」
「……そうですね」
 もちろん、そのつもりだ。どうしてだろう。それ以外に選択肢はないのに、そんな風に言われると自分もどうしたいのかわからなくなりそうだ。そうか、と呟いたお父さんの声は少しだけ残念そうな色を含んでいた気が、する。
「じゃあそれまで、テオとバルトをよろしくな。こきつかってやってくれ」
 いたずらっぽいその笑いかたはやっぱりテオドールに似ている。
 私が帰るまで。それまでは、できる限り、思うままに過ごしたい。それはつまり、この世界に喚ばれた役目を果たすことだ。私は主人公ではないけれど、私にできることをしたい。

 地上におろしてもらうと、テオドールが怒りながらこちらに走り寄ってきた。
「父上、危ないだろ! もし落ちたらどうするんだ!」
「まあ妬くな妬くな、次はテオ、お前の番だからよ」
 そう言うと、今度はテオドールを軽々と荷物のように抱えあげお父さんはばっさばっさと空へ上っていく。
「なっ冗談だろ、おい!!」
 うわあ、テオドール普通に背も高いし体重もありそうなのに……すごい……これも半分魔物化したから……? それとも元から力持ちなんだろうか。
「ずるいわウーリ……後で私にも抱っこさせてくれるかしら」
 空高く上がっていく二人を楽しそうに眺めながらお母さんがおっとりと言う。……お母さんもテオドールを抱き上げるつもりなんだろうか。なんとなくできそうだと思えるところがまたすごい。
「いいな……楽しそうですね……」
 ぽつりと羨ましそうにバルトルトも呟いた。そういえば彼はスピカと同じ年齢ぐらいからお父さんと満足に触れ合えなかったはずだ。スピカがバルトルトの手をとって次はきっとバルトルトの番、と書いた。バルトルトは嬉しそうに笑って、そうしたらスピカも一緒に行きましょう、と言っている。……お父さん、大丈夫かな。
 程なくして、ばっさばっさと空から二人が戻ってきた。抱えられているテオドールはどことなく顔色が悪そうだ。地上におりたその場で座り込んでしまった。
「テオドール、大丈夫? もしかして高いところ苦手だったの?」
「そうみたいだな。俺も今初めて知った……」
 ぐったりと顔をおさえるテオドールに、気休め程度だけど治癒の魔法をかける。
「……悪い、助かる。」
 苦笑いする顔はまだちょっとしんどそうだ。あんな高いところなんて、この世界じゃ早々いけないもんね。
 そのあとバルトルトと、先ほど言った通りスピカも一緒に空の散歩に連れていってもらった。元々が力持ちなんだな……すごい。呪いが解けたらもうできないかもしれないからな! と言ってお父さんはとっても楽しそうだった。

 二人の故郷を後にして、私の感知を頼りに穢れを祓いながら北上していった。スピカも魔力制御は大分できるようになっていて、バルトルトの指導のもと少しずつ戦闘に加わってくれる。そのお陰で浄化は滞りなくできていた。
 道が山にさしかかり、だんだん勾配がきつくなる。今日のところはここで野営することになり、いつものように私とスピカは馬車で、テオドールとバルトルトは外で周囲の警戒をしていた。
 辺りが真っ暗になり、もう少しで眠りに落ちそうだというところで、ふいにどこかから風が流れてきた。……なんだか不自然で嫌な感じのする風だ。
 急いで体を起こそうとしたけれど、何故か体がしびれて容易に動かせない。次いで、自然のものとは違う急激な眠気が襲ってきた。これは明らかにおかしい。
 かろうじて視線だけ動かすと、外で寝ずの番をしていたバルトルトは膝をつき動けないようだ。この角度から見えないけれど、テオドールもそうだろうか。
 たくさんの足音が近づいてきて、取り囲まれる気配がする。まずい。もしかしてこれは、眠り薬とか、なんだろうか……
 目がもう、開かなくなってきた。どうか皆、無事であるように。そう祈り瞼を下した。
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