『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
「ユウキ!」
私と男の間に滑り込んできた誰かが、そのまま男を蹴り飛ばした。いつもの緑のマフラーがその勢いではためいている……テオドールだ。
「ユウキさん、大丈夫ですか!」
同じく部屋に飛び込んできたバルトルトも、残りの敵を無力化していく。
「テオドール、バルトルト……」
無事だった。来てくれた。
「悪い、遅くなった。……ユウキ?」
振り返ったテオドールは膝をついて私の顔を覗きこむ。その場にへたりこんだままの私は、視界がチカチカして体のあちこちが震えていた。
こわい。冷や汗が吹き出る。魔法を人に向けて、傷つけてしまった。しかも無意識にだ。血がたくさん出ていた。
気がつくと私の体から光があふれだしている。寒いのに、体内の水分が沸騰したようにあわだっている。きっと魔力が暴走しているんだ。落ち着かなきゃ。魔力の流れを制御しなきゃ。そう思うともっとどうしたらいいかわからなくなってくる。手足が鉛のように重くなって、魔力が膨れ上がる。このままじゃさっきみたいに、無意識のまま誰かを傷つけてしまうかもしれない。
ふいにテオドールが私の腕を引いて、体を引き寄せた。胸に密着した耳に、力強い心臓の音がどくどくと一定のリズムで響く。目を閉じて深く息を吸った。とても、安心する音だ。体温が戻るように、固まっていた体から少しずつ力が抜けていく。
「もう大丈夫だ。ひとりで戦わせて悪かった」
ゆっくりと頭を撫でていくこの手を、私は知っている。優しくて心地よくて、温かい。手の動きに合わせてだんだんと心が凪いでいく。
「血が……いっぱい出て……」
「ああ、でもあの程度なら死なない。
お前はあの人たちを守ったんだろ? よく頑張ったな」
私を抱き締めたままのテオドールは囁くようにそう肯定してくれたけど、その言葉に胸を衝かれた。死なない、確かにそうかもしれない。でも、もしあのとき矢が当たったのが腕じゃなく、少しでもずれていたら。
魔物や動物以外の相手をすることを考えなかった訳じゃない。ないけれど、無い方が良いと思う気持ちが、その可能性を深く考えないようにしていた。守りたいならちゃんと考えなければと、思ったばかりなのに、思っているだけ。自分の覚悟が全然甘いものだったことを──それに、やっぱりテオドールは、自分とは違う世界の人間なのだということも。思い知らされた気がした。
もう一度大きく深呼吸する。ああ、テオドールの匂いだな。名残惜しい気持ちになりながら、体を起こしてそっとその胸から離れた。……光はもう、おさまっていた。
「止めてくれてありがとう、テオドール」
「……大丈夫か?」
言葉にできなくて、心配なそうな顔を見上げて首を縦に振る。今は他にやるべきことがある。
ならず者と奴隷商人たちは縛り上げて、私たちの入っていた牢に放り込んでおいた。他にも仲間がいるか確認したけれど、どうやらこれで全員のようだ。
他の場所に捕まっていた男の人たちも解放して全員に治癒をかけた。顔にアザのあった女性も、無事綺麗に痕がなくなった。
そういえばテオドールとバルトルトには怪我が無さそうだと思ったら、私の飛ばしたあの光の蝶が二人に治癒をかけてくれたらしい。その蝶を追いかけて私たちのところに来てくれたようだ。思った以上に役に立ったみたいで良かった。
残念ながら私たちの馬車はどこかに持っていかれてしまったみたいだけど、持っていた荷物も拐われてきた人たちの持ち物もすべて同じ場所で発見できた。後でまとめて売り払うつもりだったんだろう。スピカの大切なバングルもちゃんと戻ってきて良かった。
ずっと眠っていたスピカは、色々と片付いた翌日にやっと目を覚ましてくれた。眠り薬の影響が心配だったけれど、今のところ体に異常はなさそうだ。起きたら知らない場所に知らない人たちもいたのでそれはとても驚いた。かいつまんで状況を説明したところ、役に立てなかったと少し落ち込んでいたけど……結果的に怖い思いをさせないで済んで──私の魔力暴走も見せずに済んで、良かったかもしれない。
捕らえられていた人のなかに偶然近くの街の人がいたので、不思議道具で連絡をとり、奴隷商売や他犯罪を取り締まる役人がここまで来てくれることになった。ついでに、その街まで全員を連れていってくれるらしい。
あとは、スピカのバングルと似たものを身に付けた人たちが住む村を訪ねたことがある、と教えてくれた。詳細な位置を地図に書き込んでもらうと、やっぱり大陸の北西。今から行く街からもそこまで遠くない場所みたいだ。思わぬところでスピカの故郷の手がかりを手に入れることができたので、決して無駄足では無かったのが幸いだ。
初めて人に怪我をさせた。きっとこのことを一生忘れられそうにないけれど、私はこの男に治癒をかけたくないと、思った。このならず者たちに人生をめちゃくちゃにされた人が今までにもたくさんいたはずで、それが頭にちらついてどうしても積極的に治す気持ちになれなかった。できたのは最低限傷を塞ぐだけ、それだけだ。
この力を使うのに人を選ぶのかと思いもしたけれど、私は最初からそのつもりだったじゃないか。私の好きな人とその大事なものだけを救いたい。それ以外には、拾えない。
……きっとしばらく、深く思い返さない方がいい。これは自身の精神を守るためだ。
私と男の間に滑り込んできた誰かが、そのまま男を蹴り飛ばした。いつもの緑のマフラーがその勢いではためいている……テオドールだ。
「ユウキさん、大丈夫ですか!」
同じく部屋に飛び込んできたバルトルトも、残りの敵を無力化していく。
「テオドール、バルトルト……」
無事だった。来てくれた。
「悪い、遅くなった。……ユウキ?」
振り返ったテオドールは膝をついて私の顔を覗きこむ。その場にへたりこんだままの私は、視界がチカチカして体のあちこちが震えていた。
こわい。冷や汗が吹き出る。魔法を人に向けて、傷つけてしまった。しかも無意識にだ。血がたくさん出ていた。
気がつくと私の体から光があふれだしている。寒いのに、体内の水分が沸騰したようにあわだっている。きっと魔力が暴走しているんだ。落ち着かなきゃ。魔力の流れを制御しなきゃ。そう思うともっとどうしたらいいかわからなくなってくる。手足が鉛のように重くなって、魔力が膨れ上がる。このままじゃさっきみたいに、無意識のまま誰かを傷つけてしまうかもしれない。
ふいにテオドールが私の腕を引いて、体を引き寄せた。胸に密着した耳に、力強い心臓の音がどくどくと一定のリズムで響く。目を閉じて深く息を吸った。とても、安心する音だ。体温が戻るように、固まっていた体から少しずつ力が抜けていく。
「もう大丈夫だ。ひとりで戦わせて悪かった」
ゆっくりと頭を撫でていくこの手を、私は知っている。優しくて心地よくて、温かい。手の動きに合わせてだんだんと心が凪いでいく。
「血が……いっぱい出て……」
「ああ、でもあの程度なら死なない。
お前はあの人たちを守ったんだろ? よく頑張ったな」
私を抱き締めたままのテオドールは囁くようにそう肯定してくれたけど、その言葉に胸を衝かれた。死なない、確かにそうかもしれない。でも、もしあのとき矢が当たったのが腕じゃなく、少しでもずれていたら。
魔物や動物以外の相手をすることを考えなかった訳じゃない。ないけれど、無い方が良いと思う気持ちが、その可能性を深く考えないようにしていた。守りたいならちゃんと考えなければと、思ったばかりなのに、思っているだけ。自分の覚悟が全然甘いものだったことを──それに、やっぱりテオドールは、自分とは違う世界の人間なのだということも。思い知らされた気がした。
もう一度大きく深呼吸する。ああ、テオドールの匂いだな。名残惜しい気持ちになりながら、体を起こしてそっとその胸から離れた。……光はもう、おさまっていた。
「止めてくれてありがとう、テオドール」
「……大丈夫か?」
言葉にできなくて、心配なそうな顔を見上げて首を縦に振る。今は他にやるべきことがある。
ならず者と奴隷商人たちは縛り上げて、私たちの入っていた牢に放り込んでおいた。他にも仲間がいるか確認したけれど、どうやらこれで全員のようだ。
他の場所に捕まっていた男の人たちも解放して全員に治癒をかけた。顔にアザのあった女性も、無事綺麗に痕がなくなった。
そういえばテオドールとバルトルトには怪我が無さそうだと思ったら、私の飛ばしたあの光の蝶が二人に治癒をかけてくれたらしい。その蝶を追いかけて私たちのところに来てくれたようだ。思った以上に役に立ったみたいで良かった。
残念ながら私たちの馬車はどこかに持っていかれてしまったみたいだけど、持っていた荷物も拐われてきた人たちの持ち物もすべて同じ場所で発見できた。後でまとめて売り払うつもりだったんだろう。スピカの大切なバングルもちゃんと戻ってきて良かった。
ずっと眠っていたスピカは、色々と片付いた翌日にやっと目を覚ましてくれた。眠り薬の影響が心配だったけれど、今のところ体に異常はなさそうだ。起きたら知らない場所に知らない人たちもいたのでそれはとても驚いた。かいつまんで状況を説明したところ、役に立てなかったと少し落ち込んでいたけど……結果的に怖い思いをさせないで済んで──私の魔力暴走も見せずに済んで、良かったかもしれない。
捕らえられていた人のなかに偶然近くの街の人がいたので、不思議道具で連絡をとり、奴隷商売や他犯罪を取り締まる役人がここまで来てくれることになった。ついでに、その街まで全員を連れていってくれるらしい。
あとは、スピカのバングルと似たものを身に付けた人たちが住む村を訪ねたことがある、と教えてくれた。詳細な位置を地図に書き込んでもらうと、やっぱり大陸の北西。今から行く街からもそこまで遠くない場所みたいだ。思わぬところでスピカの故郷の手がかりを手に入れることができたので、決して無駄足では無かったのが幸いだ。
初めて人に怪我をさせた。きっとこのことを一生忘れられそうにないけれど、私はこの男に治癒をかけたくないと、思った。このならず者たちに人生をめちゃくちゃにされた人が今までにもたくさんいたはずで、それが頭にちらついてどうしても積極的に治す気持ちになれなかった。できたのは最低限傷を塞ぐだけ、それだけだ。
この力を使うのに人を選ぶのかと思いもしたけれど、私は最初からそのつもりだったじゃないか。私の好きな人とその大事なものだけを救いたい。それ以外には、拾えない。
……きっとしばらく、深く思い返さない方がいい。これは自身の精神を守るためだ。