『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
 村につくと皆スピカの帰りに驚き、喜んで、抱き締めていた。せっかくなので、今日はスピカの住んでいた家に泊まることになった。先程村の外で出会った女性はグレータさんと言って、お隣に住んでいる人なんだそうだ。家の中は綺麗で、これもグレータさんが不在の間管理してくれていたらしい。
 別れる前にスピカの魔力については周囲の人に知っておいてもらう方がいい。バルトルトはこの村の魔法を使える人についてグレータさんに話を聞いていた。
「スピカは魔力が強いみたいですが、この村には他にもそういった方が?」
「ええ、炎の精霊の社が近くにあるからか、時々魔力が大きく育つ人間が出るんです」
 村には何人か魔法を使える人はいる。ただ、実戦的な魔法としてはここまでバルトルトに師事したスピカが一番になるようだ。今はしっかりと制御もできるようになっているし、村の人たちが側にいれば大きな問題はないだろう。村を出るまでは魔法を使えなかったらしく、助けたときの魔法がスピカのものだというのを聞いてとても驚いていた。
 皆で話していると、スピカがくいっと私の服を控えめに引く。
「どうしたの?」
 うつむいていた顔をあげると──今にも泣き出しそうな顔だ。スピカは私の手をとり、ついていってはだめ?、と書いた。
「スピカ……」
 これから瑠果ちゃんと合流して、物語通りなら、そのあと待つのは闇の神との対決。でも、今は物語通りに進んでいないから、何が起こるかは本当にわからない。……もしかしたら、私の魔法も使えないかもしれない。とても連れてはいけない。
「ごめんね。これ以上は危険だから、一緒には行けないよ」
 私たちのやり取りをそっと見守っていたグレータさんが、スピカの頭を優しく撫でた。
「魔法ができるようになったからって、あんたはまだ子供だよ。
 せっかく無事に帰ってこられたんだ。この村にいておくれ」
 スピカはその言葉に悲しそうに、でもしっかりと頷いた。だめだと言われると思ったけれど、一度は聞いてみたかったのかもしれない。
 その夜はスピカと一緒のベッドでぴったりとくっついて眠った。こうして側に誰かが、温もりがあるのはとても安心する。スピカにはこれからは村の人たちが居てくれる。
 翌日、スピカに誘われて炎の精霊のお社に行った。魔法が使えるようになったら挨拶に行くことになっているらしい。お社までの道は整えてあり、村を出て森を少し進むとすぐに見えてきた。石で作られた小さな建物は、デザインのイメージとしてはギリシャの神殿のようだ。なんだかゲームの中で似たようなものを見た記憶がある。子供でも入れない小さなサイズだけど、中を覗くと奥までしっかり作り込まれているのが見えた。お社に2つ置かれたかがり火は、小さいけれど勢いが強い。これは雨だろうが強風だろうが関係なく、ずっと燃え続けているんだそうだ。
 スピカがかがり火に手をかざしそっと自分の炎をくべる。炎がゆらゆらと揺れ、お社の入り口から小さな何かがひょいと顔を出した。炎の精霊、だろうか。ほんのり赤い球状の光のなかに小さな人の形が見える。スピカが私の服を引いてそこを指さした。
「スピカにも見えるの?」
 スピカは興奮した面持ちでこくこくと頷いた。炎をくべたから様子を見にきたのかな。精霊はスピカの周りをぐるりと一周回ると、また社の中に戻っていった。

 出発の前に、村の人たちがお礼だと言ってビー玉くらいの大きさの石を渡してくれた。細かい彫り込みが入っていて、陽にかざすと複雑に光を放ってキラキラしている。昨日スピカが見せていたお父さんの遺品と似ている気がする。
「綺麗……」
「それは守り石だ。守り石は、自分の瞳と同じ色のものを持つんだ」
 なるほど、確かに私たちそれぞれの瞳色の鉱石だ。大急ぎで彫ってくれたらしい。
 スピカは私にぎゅうっと抱きついて、いつものように手のひらに文字を書いてくれる。
 ──みんながいてくれたから、さびしくなかった。すごくたのしかった。ありがとう。
「私も……スピカと一緒でとても楽しかったよ」
 スピカは私から一旦離れると、バルトルトとテオドールにも同じように抱きついてお別れを言った。そのあともう一度私のところに来ると、手のひらにそっと何かを握らせてくれた。何だろうと思って手を開くと、スピカの瞳の色と同じ真っ赤な守り石だ。
「大切な人に自分の守り石を渡すならわしがあるんです……もらってやってください」
 グレータさんの言葉に、スピカが頷いた。
 ──はなれていても、どうかユウキをまもってくれますように。
「……ありがとうスピカ。大切にする!」
 肌身離さず持っておけるよう、もらった守り石を服の内側の袋にしまいこんだ。
 ……そろそろ行かなければ。どんどん別れづらくなってしまう。でも、おやくめがおわったらまたあえる?、とスピカが聞いてきたので答えに詰まった。私は元の世界に帰るので、ここでお別れをしたらもう二度と会えることはない。どう答えたらと迷っていると、テオドールがスピカの頭をぽんぽんと撫でた。
「落ち着いたら、顔を見に来る」
「ええ、必ず会いに来ます。ちゃんと毎日、魔力制御の訓練をするんですよ」
 バルトルトも、スピカに視線を合わせてそう伝えた。スピカは笑って頷いてくれた。

 スピカの村をあとにして、私たちは東方向に進路をとっていた。位置からして、瑠果ちゃんたちとの合流予定地まではそう遠くない。
道中に何度も試してみたけれど、やはり私は魔法が使えなくなっているようだった。このままでは治癒だけじゃなく、守りや……攻撃も出来ないかもしれない。瑠果ちゃんたちにも、定時連絡で魔法がうまく使えないというのは伝えてある。幸い途中で穢れの気配もなく、なるべく早く合流できるように旅路を急いだ。
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