『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
6章
「よくぞ無事にお戻りくださいました、『神の御使い』様、協力者の皆様」
 中央神殿までやって来た私たちをニコラウスが出迎えてくれた。浄化のアクセサリーを奉納するため、そのままニコラウスの先導で神殿内部を進んでいく。
 最初に会ったときよりかなり憔悴してはいるが、しっかりと立って歩いていることにほっとした。二手に別れたことで想定の半分程の期間でここまで戻ってこれたからだろうか。でも、外から見る限り彼自身からは穢れを感じることがない。本当に闇の神が彼のなかにいるのだろうか。
 神殿内はやけに静かで、他の神官の姿が見当たらなかった。もしかしたらニコラウス自身何が起こるか予期して、予め避難させているのかもしれない。暗く長い廊下を抜け、その先の大きな階段を登って屋上にあたる儀式を執り行う場所へとたどり着いた。地上より近くに見える空は今日は分厚い雲に覆われている。神殿の周囲は小さな森のようになっていて都市部までは少し距離があるのが見えた。何かが起きても影響は薄いだろう。石の床には放射状に様々な文様が彫ってあり、総てが中央の祭壇まで続いている。祭壇は同じく細かく彫り込まれている石の台のようで……なんだか棺みたいだ。
 先を歩いていたニコラウスは、祭壇の向こうに行くとこちらを振り返った。瑠果ちゃんと二人で祭壇の前に並び立つと、ニコラウスは私たちを見据えて口を開いた。
「ルカ様、ユウキ様。あなた方は、私を助けるとおっしゃいました。
 もし、できるならば……私はこのまま、死にたくない」
 そう告げる声は静かだけど微かに震えている。その本音に、瑠果ちゃんと私は頷いた。
 瑠果ちゃんは指輪をつけた方の手を、私は一方をネックレスに触れ反対の手を祭壇にかざした。祭壇に彫り込まれた文様が薄く光り、そのまま光が周囲に広がっていく。浄化のアクセサリーの宝玉にぴしりとひびが入った。とたんに、黒い霧があふれだす。
「──ぐ──ああああっ」
 広がる黒い霧はニコラウスに集まり、その姿を覆い隠す。苦痛の悲鳴をあげるその様子にぐっと唇を噛み締める。浄化のアクセサリーは役目を終えたためか、砂のように崩れて失くなってしまった。ゲームではそのまま残っていたのに。やはり物語の通りには進まない、ということか。
「──来る。」
 アルフレートの言葉に皆で身構える。黒い霧がやがて薄れていき、段々にその姿が見えた。プラチナブロンドだった髪は真っ黒に、雪のように白かった肌は褐色に、そしてルビーのようだった瞳は吸い込まれそうな金色に。祭壇の前に佇むニコラウスだった人物──闇の神は、私たちの方を向くと、破顔した。
“──礼を言おう。やっと、ここまできた。”
 あたりが闇の神からあふれる穢れの気配で満ち、髪の先までびりびりと震えた。圧倒的な力の差を圧力で感じぐっと体が重くなったような心地がする。こんなの相手にどうやって戦ったらいい。そう頭を掠めたけれど、とにかく、やるしかないのだ。
「いくぞ、皆!」
 レオンハルトの声を皮切りに、瑠果ちゃんと私は闇の神に近づけるよう、取り巻く穢れを祓う。穢れは光にとけて空へと消えていく。きっと世界の力として還っているんだろう。その隙に他の皆もそれぞれ攻撃をしかけた。今は人の体に入っているのもあり、どうやら問題なく攻撃が効いているようだ。……いや、これは、避ける気がないんだ。そのままの場所から微動だにせずあちこち傷ができ血が出ているが、闇の神は全く気にもとめていない。
“──ヒトのからだというのは、不便だな”
 闇の神の体から黒い力があふれだし、先程の傷があっという間に消えてなくなった。それでも、同じように穢れを祓い、攻撃をする。どんなに力が強くても無尽蔵というわけではないはずだ。少しずつでもいいから、闇の神の勢力を削っていく。
 しばらく同じように攻撃を受けたり気まぐれに避けたりしていた闇の神はふわりと宙に浮いて、うっとおしそうに眉を寄せた。
“──せっかくの力をあまり散らされては困るな。器の望みを叶えるのではなかったか”
“──まあいい”
 ふいに手を無造作に動かしたと思うと、頭上に無数の闇色の刃が現れ雨のように降り注いだ。反射的に顔を庇ったけれど、刃は腕や足を掠めていく。
「──ぐぁっ」
「兄さん!」
 バルトルトの声にハッとしてその方向を振り向くと、テオドールの腹部から赤い、赤い血と──黒い霧が噴き出している。
「テオ!」
 傷は治せなくても、まずは移った穢れを祓ってしまわないといけない。急いで浄化を試みるけれど、黒い霧はあっという間に質量を増しテオドールの体を包み込んでいく。
「お前ら、はなれて……ろ……」
 テオドールが苦しそうに体を抑えて呻く。皮膚がだんだん鱗状へ変質していき、大きな翼と尻尾が──角が生える。二人の故郷で見たものと同じ。お父さんのように魔物化、しているのか。浄化は全然効いてくれない。
 黒い霧が薄れるとその全容が見えた。ゲームで二人のお父さんやバルトルトが完全に魔物化したときの姿に、似ている──緑がかった黒い鱗に、テオドールの榛色の瞳のドラゴン。二本足で立った黒いドラゴンは、翼を広げ、私たちに向かって大きく吼えた
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