『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
「あの魔物が……兄さん?」
 色を失ったバルトルトが呆然と、呟いた。
 いつのまにか周囲は闇色の炎で囲まれていて、瑠果ちゃんたちと分断されてしまっていた。あちらは闇の神から直接攻撃を受けているようだ。闇色の炎も、浄化しようとしてもあまり効かずすぐに復活してしまう。
 ドラゴンの姿のテオドールは理性のない瞳でこちらへ襲いかかってきた。まだ体が馴染んでないからか、それとも最初から機能していないのか、黒い霧をまとった翼で空を飛ぶ様子はない。吼えながら振り回される腕や尻尾は大振りで、なんとか私にも避けることができていた。
 お父さんのときと同じように浄化の力でなんとかできないだろうか。でも……、どうしても嫌な予感が胸に湧きあがる。ゲームでは、完全に魔物化してしまうともう人間に戻すことはできなかった。お父さんもバルトルトのバッドエンドも、倒して浄化するしかなかった。もしかしたら、このまま、テオドールは。
 バルトルトは魔法で、私は弓で、隙を見てドラゴンに反撃をするけれど、テオドールだと思うとどうしても躊躇いが生まれる。ドラゴンの吼え声はまるで命を振り絞るようで、胸を締め付けられる。どうしよう、どうすればいい。どうすれば。
「くっ」
「バルトルト!」
 ドラゴンの振り回された太い尻尾にバルトルトが弾き飛ばされた。思わずそちらを見てしまい、気がついたときには──大きく口をあけたドラゴンが目の前に迫っていた。
「あぐっ、」
 突き刺さるような左肩の痛みに思考が真っ白に染まる。そのままつき倒され、重みで息が詰まる。流れ込む穢れのせいか、焼けつき痺れるような感覚が肩から広がった。
 ──けれど、ドラゴンは噛んでいた口をすぐに放した。榛色のその瞳とわずかに目があった、ような。
「ユウキさん!」
 その隙に私の後方からバルトルトが魔法を放つ。鱗が抉れて血が飛び散り、ドラゴンは怯んで唸りながら後ずさった。
「……テオ……」
 今、噛みついたあとのドラゴンの動きが、確かに鈍くなった。テオドールも……体の中で穢れと戦っているのかもしれない。
 バルトルトは頭から血を流しているが無事なようだ。噛まれた左肩から下の感覚があまりないけれど、私も何とか立ち上がる。……胸元の守り石が、何故か暖かい気がした。
 ふいに瑠果ちゃんの声が聞こえた気がして視線をあげると、黒い力の塊が間近に迫っていた。闇の神が放ったのか。そのまま私たちは闇に呑まれ、視界が真っ暗になった。
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