片翼を君にあげる①
***

「……と、言う訳で。ドルゴアはレノアーノ様を我が国の花嫁として迎え入れ、またそれを機にアッシュトゥーナ家と……いえ、こちらの国と強い繋がりを持ちたいと思っております」

応接間に居るのは、私とヴィンセント父様。間にテーブルを挟んで、正面の椅子に座っているサリウス様。その横にはドルゴアの執事であり、こちらの国で言ういわゆる"じいや"的存在のリヴァル様。そして、その反対側にはミライさん。背後に白い布で顔を隠したドルゴア兵。
あと、この国とドルゴア国の今後を決めるであろう歴史的瞬間を見届けたいと名乗りを上げた数人の記者達。

静かな、何処かピリッとした空間でサリウス様に代わって気持ちを述べたのはリヴァル様。
ドルゴアでは主人に代わって、お付きの者が話すのが仕来(しきた)りなのだろうか?
私はまだサリウス様のお声を聞いた事がない。誕生日の席でも抱え切れない程の花束を差し出されただけで、今日も彼はただじっと、ほぼ瞬きもせず、軽い笑みを浮かべて正面の私を見つめていた。
座っていても長身だと分かり、さすが武術が盛んな国の方だけあってドルゴアの衣装はブカッとしているのに関わらず、その体格の良さが(うかが)える。
輝く黄金の、金色(こんじき)の髪とセピア色の瞳。砂漠の国の民にしては珍しく色白で、彫りの深いその彫刻のような顔は美形と呼ぶに相応しいだろう。

……でも。
私の胸が少しもときめく事はない。
私の気持ちが変わる事はなかった。

「如何でしょうか?ヴィンセント殿、レノアーノ様。
どうぞ、そちらのお考えとお返事をお聞かせ願いませぬか?」

ーー来た。

膝の上で組んでいた手に力が込もる。

さぁ、言うのだレノアーノ。
簡単だ。真実を告げるだけ。
「そのお話はお断りさせて頂きます」
「私とヴィンセント様に血の繋がりはありません」
「アッシュトゥーナの名を、本日この場を持って捨てさせて頂きます」……と。そう言うだけ。

そう、それだけの……筈だった。

それなのに、大事なこの場になって、声が出ない。
そして私の頭の中には、このお邸に来てからのヴィンセント父様との思い出が巡っていた。
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