片翼を君にあげる①
「お、おっと。これは……聞き間違い、ですかな?
それとも、ヴィンセント殿はなかなかユーモア溢れる方なのですかな〜?」
まさかの返答にリヴァル様は、冗談ではないか?と言う感じに笑いながら聞き返す。
でも、ヴィンセント父様は一切緩んだ表情を見せず、真剣な表情と態度で答える。
「言葉の通りです。
ドルゴアとの絆を深める事は我が家だけではなく、私達の国に良い繁栄をもたらす事でしょう。
……しかし、私はそれと娘の結婚は別だ、と考えております」
「……と、言いますと?」
ヴィンセント父様の言葉に、ここで初めてサリウス様が自ら口を開いた。その声は冷静で、この空間の空気をよりピリッとしたものにする。
今は夏なのに、まるでこの場所だけ真冬になったような冷たさだ。
けれど、ヴィンセント父様は動じる事なく続けた。
「私は娘には、幸せな結婚をさせてやりたい。家と家、国と国を繋げる道具のように、大切な愛おしい娘を差し出したくはないんです」
その言葉に、私の瞳から、涙が零れ落ちた。
予想外の言葉に頭は困惑していながらも、その優しい言葉に嘘偽りがないと、私の心は分かっているように……。
「私では、娘さんを幸せに出来ないと?」
「そう言っている訳ではありません。
ただ私は、娘の結婚は別に考えたい、と申しているんです」
サリウス様にハッキリと自分の気持ちを伝えて、私の視線に気付いたヴィンセント父様はこちらを見て、優しく微笑った。
そして、私の手をギュッと握り締めて言う。
「自分の気持ちに、正直であればいい。
……けど、一つだけお願いだ。どうか、お前が好きな男性の元へ嫁ぐまで、護らせてくれ」
「っ、……父、さまっ……ッ」
「最後まで、お前の父親でいたいんだ。
……レノアーノ、お前は私の大切で愛おしい娘だよ」
ヴィンセント父様の想いに触れて、胸が熱くなって、涙が止まらない。
自分はなんて愚かだったんだろう?
こんなに愛されて、こんなに大切に護られていたのにっ……。
自らを馬鹿だと叱咤し、でも、嬉しくて幸せで、心はすごく暖かい。
つい、この場がアッシュトゥーナ家の今後を左右する大切な場だと言う事を一瞬忘れて、感激で満たされてしまっていた。
ーーけれど、それは束の間。
バンッと言う音が部屋に響くと同時に、テーブルの上の紅茶の入ったティーカップがカシャンと跳ねる。