片翼を君にあげる①

しまったーー。

予想外の事態に困惑する俺。

だが。
そんな俺の事も会場の事もおかまいなしに、彼女は昔と変わらず真っ直ぐだった。
スポットライトの元から抜け出した"レノア"は他には目もくれず、ただ俺だけを見つめて駆けてくる。

「っ……ツバサ!会いたかったッ!」

「!!ッーー……」

ふわっと香る優しい花の香りと、大人っぽい中に少女の可愛らしさを含んだ笑顔。潤んだ夕陽色の瞳にドキッと胸が弾んだ。
気付いた時には間近で両手を伸ばして、倒れ込むように飛び付いてくるレノア。逃げる訳にも避ける訳にもいかず、俺は彼女を咄嗟に抱きとめてしまった。

これは、マズい……。
そう思うのに抱きとめてしまった手前、上手い解決方法が思い付かない。
令嬢がこういった場で起こすまい彼女の行動にはシオンでさえも驚いている様子で、この事態に茫然。

「おい、レノアーノ様が抱き合ってるぞ!」
「なんだなんだ?相手はどこぞの有名な御曹司かっ?」
と。俺達を見つめる招待客の騒ぎが大きくなって来て……。どう見ても、会場の空気は最悪だ。
おかしな噂が立てば、このままでは彼女の評判を落としかねない。

とにかく、俺とレノアがただの幼馴染である事を説明してこの場をやり過ごそうと思った。
が、俺が口を開こうとしたその瞬間。

「レノアーノ!お戻りなさいッ……!!」

会場の騒ぎをかき消す、威厳のある女性の声。
皆がその声に注目すると、レノアと同じ赤茶色の髪と瞳をして、ワインレッドのドレスに身を包んだ美しい貴婦人が立っていた。
最後に会ったのは10年くらい前だが、忘れる筈もない。その女性はレノアの母親であるミネア様だ。
< 56 / 215 >

この作品をシェア

pagetop