片翼を君にあげる①
***

「お母様!ツバサはっ?
まさか彼に、何かおっしゃったのではありませんかッ……?!」

二十歳の誕生日前夜祭が終わった。
これでようやく、アッシュトゥーナ家の娘としての役割を終えた。
そう思いながら招待客のお見送りをしていると、ツバサの姿は会場にもその付近にも見当たらなかった。

まさか、と思い問い詰めると母はいつもと変わらず冷静に口を開く。

「ツバサは自分の立場も貴女の事も全て理解しているようでしたよ?
レノアーノ。貴女も彼を見習い、前だけを見なさい」

「っ……お母様!」

「レベッカ、私は先に(やしき)に戻ります。レノアーノと後の事は任せましたよ」

「待って!お待ち下さいッ……お母様!!」

私の呼び掛けになど、母は振り向く事はない。
遠ざかっていく背中に"無駄だ"と悟った私はグッと自分の感情を押し込むと、母の言葉に一礼し見送っていた専属の女執事レベッカに声をかけた。

「……今日は、司会者に化けて側に居てくれたのね?いつもありがとう」

「いえ、勿体ないお言葉です」

レベッカは頭を上げると、変装用に被っていた黒いウィッグと伊達眼鏡を外し、元の美しい金色の髪と碧眼《へきがん》の姿に戻って微笑む。
彼女は私より5歳年上で、アッシュトゥーナ家の娘になったと同時にずっと付いてくれている執事。女性の執事、というと珍しいかも知れないが、彼女は文武両道で"普通の男性よりもよほど頼りになる"と父ヴィンセントが私に専属の執事として付けてくれた。

普段は元の姿のまま私の側に居てくれて、身の回りの世話や護衛をしてくれるのだが、今日のような祝いの席では"明らかな警備"ではなくその場に自然と溶け込める姿に変装して、陰ながら私を護ってくれる。
それで、今日は司会者となり、側に居てくれた訳だ。
< 69 / 215 >

この作品をシェア

pagetop