独占欲に目覚めた次期頭取は契約妻を愛し尽くす~書類上は夫婦ですが、この溺愛は想定外です~
「私の母は、文治銀行からお金を横領し、私たち家族を捨て当時の支店長の息子と駆け落ちしました。……私は犯罪者の娘です。そして、家族がありながら、他の男と通じる汚い女の娘です」

連さんが唇を閉じ、私の肩から手をはなした。その手は膝の上で拳になる。

「初子が俺と関係を持ちたがらない理由……結婚生活を続けたくない理由がそれか」
「はい。文護院家に相応しい血ではありません。横領した五百万円は父が自宅や土地を売却し返しましたし、駆け落ち相手がその支店長の息子でしたから、隠蔽され、刑事事件にはなりませんでした。ですが……」

当時のことを思いだし、私はうつむいた。

県北の海辺の小さな町で、家族四人で楽しく暮らしていた。
父はその町にあった文治銀行の支店勤務、母も契約社員として窓口業務についていた。真面目な父と、地域では器量よしで有名な母。ふたりは子どもの目にも仲良さそうに、幸せそうに見えた。

しかし母は、私たちに隠れ、地元の農協に勤める支店長の二十代の息子と不倫関係になっていた。
男と共謀し、お金を横領したのは母。ふたりは小さな町から姿を消してしまった。

「私は小学四年生でした。妹は一年生。朝起きたら、台所が片付いていて、母の気に入りのパンプスがなくなっていました。冷蔵庫にメモが貼られていて。『元気でね』と」

唇を噛みしめる。母のことを考えると言いようのない悔しさと悲しさを覚える。
< 118 / 185 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop