独占欲に目覚めた次期頭取は契約妻を愛し尽くす~書類上は夫婦ですが、この溺愛は想定外です~
母の浮気相手に慰謝料を請求しない代わりに、金額を返せば事件にはしない。その町の支店長の提示した和解案を父は呑んだ。
しかし、小さな町だ。噂は尾ひれがつき、私たち家族はあっという間に居場所を失った。

「お金は返しましたし、支店長も大事にはしなかった。それでも、父と私と妹は、地域で孤立しました。小学校では徹底的にいじめられました。物を隠され、机には家族みんなの悪口を書かれ、泥棒泥棒と罵られました。妹は学校に行けなくなって。生活用品や食品を買うのも苦労するようになりました。地域の小売店が私たち家族に商品を売ってくれなくなったんです。泥棒は店に入るな、と」
「そんな迫害を受けてきたのか?」

連さんが怒りに顔を歪める。清廉な彼は、私の過去にまで腹をたててくれるのだ。

「狭い地域社会です。そういうこともあります。遠くの町に父と三人で買い物に行き、一週間分の食料を仕入れて帰ってくる。外を歩けば、噂話やあからさまな非難の声が聞こえてくる。幼いながらも、毎日が苦しかった。……そんな日々を救ってくれたのが、文護院頭取と越野支店長です」

私は顔をあげる。母が消えて半年ほど経った頃、父の異動が決まったのだ。異例の県をまたいだ異動だった。

「文護院頭取は地方視察の際に事件の噂を聞きつけ、支店長にも父にも責任を問わないとおっしゃってくださいました。そして、私たち家族の窮状も調べあげ、急遽私たち家族を引越しさせました」
「あの、叔父が、そんなことを」

連さんも初耳だったようだ。頭取は、この件を秘しておきたかったのだろう。それは連さんの立場的な問題もあり、そして私たち家族の平穏のためでもある。
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