独占欲に目覚めた次期頭取は契約妻を愛し尽くす~書類上は夫婦ですが、この溺愛は想定外です~
「梢くん、受けてくれるのか?」
「はい」

頭取の問いに、私は力強く答えた。

「初子さん、ありがとう」

撫子さんがほうっと息をつくのが聞こえた。

文護院連という人が優秀なのはこのひと月でよくわかっている。人柄がいいのも、華やかな人なのも頷ける。
彼が文治銀行の頭取に就くのはおそらく行員にとっては最適解だ。文治をさらに発展させてくれるだろう。

後継者争いが起これば文治が揺れる。彼は失脚するかもしれないし、現頭取や撫子さんにも塁が及ぶ。そして、大銀行である文治の揺れは、行員ひとりひとりの生活まで脅かしかねない。

私が結婚に応じることで、微力でも防ぐ力になれるなら、受ける価値がある。

「幼い日、文護院頭取と越野仙台支店長に救われ、私たち親子は生きてこられました。私にできることでしたら、なんでもいたしたく思っています。ただ、私のような穢れた人間が、文護院家の戸籍を一時でも汚してしまうことだけが……」
「きみの家の事情は、きみ自身にはなんの問題もないよ、梢くん」

頭取が言い、撫子さんが優しく語り掛けてくる。

「あなたが兄との結婚を受けてくださるなら、私たちは姉妹よ。あなたの不安や、不便は兄に代わり、私が必ず便宜しますからね。どうか、よろしくね」
「はい、ありがとうございます」

私は頭を下げた。
最初からおかしな人事だった。頭取自ら要請にきて、破格の待遇。こんな裏があったとしても、当然。私は、私の成すべきことを成そう。


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