独占欲に目覚めた次期頭取は契約妻を愛し尽くす~書類上は夫婦ですが、この溺愛は想定外です~
その晩、俺は近所の寿司屋に初子を連れていった。近所といっても都心のど真ん中なので、接待でも使えるようなそれなりに気の利いた店だ。

「結構美味かっただろう」

帰り道、歩きながら尋ねると初子は頷いた。

「はい、とても美味しかったです」

引越しのときはジーンズ姿だった初子は、食事と言ったせいか、パンツスーツスタイルだ。変化はいつも身に着けている薄い色のシャツが、リボンブラウスになった程度。もう少し気楽な格好をしてくれてもいいんだが、彼女にしてみれば上司と食事という感覚なのだろう。
やはり、もう少し仲良くなるべきだ。

「初子の地元と比べたら劣るかもしれないが、新鮮で味がいい店なんだ。初子の地元は、以前支社に行ったときに越野支店長に連れて行ってもらった居酒屋が美味かったな」
「越野支店長とですか」

知っている名前が出たせいか、初子の表情がほころんだ。幼い顔をする。ぴしっと表情を固めているより、年相応に隙のある表情をしてくれた方がいい。

「居酒屋で寿司屋より美味い刺身が出てくるから驚いたよ」
「新鮮ですからね。東京より安いですし、魚を食べる文化があるように思います」
「支店長にすすめられて初めてホヤを食べたな」
「お味、大丈夫でしたか?」
「美味しく食べられたよ。やはり新鮮だからかな」

夫婦らしくはないが、仲のいい上司と部下といった空気はできている。これでもひと月、職場ではいい関係だったからな。
高層階用のエレベーターを待ちながら、俺は何気なく言う。
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