『義賊の女王』-世界を救う聖女となる-
砂漠を駆ける
***


 体の痛みで目が覚めてしまう。
 初めて家以外で迎えた夜は想像以上に辛く、無理をしたのか酷い筋肉痛になっている。

「情けない……鍛えようかしら」

 ソマリの力のおかげで剣は扱えるけれども、筋力や体力が追いついていない。
 更に言うなら、ジャマルに乗っている間も緊張していたのか、肩や背中がかなりこっていた。
 バキバキと音をたてそうな体を無理やり起こし、さっぱりするために外にでて涼しい時間帯に水を汲んで部屋で体を清めた。

「冷たい」

 冷えた水が渇いた体に浸透していくのが感じられ、体の隅々まで水を含ませていく。
 着替えは昨日のうちに用意されており、ドレスから随分と動きやすい格好になると、私はもう一度外に出て人を探した。

「あ、あのすみません」

 水くみをしていた女性に話しかけると、私を見た彼女は慌てて膝をついて挨拶してくれる。

「こ、これは聖女様、私のようなものにお声がけくださるなんて……」

「ちょっとやめてください、私はそんな人物ではございませんし、もう聖女の資格も失っております」

 恐る恐る私を見つめ、姿勢は崩さずに言葉を聞いてくれる。

「それで、何か御用でしょうか?」

「え、えっと、誰か火をもっていないかしら? それと、できればモノを燃やしてもよい場所もあると助かるのですけど」

 こちらの頼みを聞いて、彼女は立ち上がると一礼し「少々お待ちください」とだけ告げて離れていく。
 しばらく待っていると、先ほどの女性と後ろからラバルナが付いてきていた。

「どうかしたのか? 朝から火なんて」

「いえ、ただちょっとだけ物騒だから誰かと一緒がいいかと思って」

「物騒?」
 
 私の言葉に眉間にしわを寄せて見つめてくるが、少し悩んで付いてくるように言われ追いかけていくと、村の外れに案内された。
 すると彼は綺麗な石を二つ取り出して、枯れた草を集めるとカチカチと打ち鳴らすと火花が散って、枯れ草からモクモクと煙があがりはじめる。

「どうぞ」

「ありがとうございます」
 
 周りには火がつきやすそうな物ばかり転がっていた。
 オアシスから少しでも離れると景色は違ってみえてしまう、これが砂漠という世界なのだろうか?
 もし、そうなのだとしたら私が元いた世界と同じように思えてきた。

「どこも変わりないのかもね」

「ん? 何か言ったか?」

 私は少し火の勢いが増すように燃えそうなものをくべていくと、パチパチと強さが増していく。
 そして、腰袋に入れていた薄汚れてしまったが、純白のドレスを火に向かって投げ込んだ。

「どの世界も変わらないって……一見美しいようで、それを陰で支える人たちがいて、苦しんで、でも誰もそこには目を向けない。人は美しいものばかりに目を向けてしまう。だけど、もっと違う世界もあるって」

 溶けるようにドレスは無くなっていく。
 これは私の決意で、覚悟でもあった。

「私たちは陰であり、決して美しいくないかもしれない。だけど、この世界を支える根となり美しき大樹を育むための礎に私はなりたい」

 全てのドレスが消えていくと、足で砂を少しかけながら火の勢いを抑えていく。
 それでも、消されないようにと燃え続ける炎を見ていると勇気がわいてきた。

「そうか、わかった。俺も今度のことで本格的に国から狙われるだろう。そうなったら最後まで突き進むしかない。改めて一緒に戦ってくれるか? レイナ」

 振り返えると、そこには優男のようでありながら逞しさを感じさせる雰囲気を身にまとっている彼が私に手を差し伸べてきている。
 その手を握り返して心の中で思う。 もう後戻りはできないと、でも、これは私から望んだことであるのだから止まるわけにはいなかい。

「よろしく、それじゃ最初は何をすればよいのかしら?」

 私がやる気をだして、何をすればよいのかと聞くと返ってきた返事は意外なものだった。

「いや、当分は何もない。そのプルプル震えている体をなんとか早く治してくれ」

 クスリと微笑み私の二の腕に指を少し強めに当ててきた。

「ッ!」

 筋肉痛の箇所が痛みで訴えてくる。

「ほら、そんな最初から頑張るなって、とにかく治すことだ。それと」

 彼は横を向くと、その方角に数頭のジャマルが休んでいる。

「アレに乗れるようにしないとな」

 体の痛みは、すぐに回復したが、本当に大変だったのはそれからだった。
 ジャマルの乗り方に、体力をつけるため砂漠を走ったり、毎日剣を兵隊さんたちと交えて鍛えていく。

「そこまで! お見事です……が」

 ソマリの力である程度の相手でも問題なく勝てる。
 本当に彼女は強かったのだと思うが、毎度毎度相手を倒しても私も倒れるようでは使い物にならない。

『レイナったら、もう少し丈夫だと思ったのに』

「あなたと一緒にしないでよ」

 荒れた息を整えながら、なんとか少し、ほんのちょっとでも体力と筋力がついていくのが実感できた。

「ほう、じゃじゃ馬だとは思っていたが、剣の腕前は凄いな」
「えぇ、我が隊で勝てる人物はおりませんが、腕と体力が伴っていないので、どうもしっくりきません、あれほどの腕前になるにはかなりの努力が必要だったと思われますが」

 遠目で私を見ているラバルナと隊長さん、言いたいことはわかっているわよ!
 剣を支えにして立ち上がり、もう一度と願うも誰も前に出てこない。

「聖女様、これ以上は無理です。どうか少しお休みください」

「いいえ! 私はやれます」

 しかし、誰も出てこないので勝手に指名しようと思ったとき、背後から気配がした。

「俺が相手してやろう」

「あらあら、それは光栄ね」

 ラバルナ本人が剣を構えて私を見据えてくる。
 今までの柔らかく、ちょっとふざけたような空気が消えて砂漠の暑さの中に鋭さが混ざりこんだ。

『レイナ、この人かなり強いかも』

「あら、それは楽しみね、ソマリも嬉しいでしょ?」

 返事はないけれど、ワクワクとした彼女の感情は伝わってくる。
 強者と対峙できるのが嬉しいのだろう、その気持ちは私には理解できないけれど、ソマリが喜ぶなら‼

 右足に一気に力を入れて相手の間合いに入るなり、一撃、下から上に向かって剣を振るうと空気を斬る感覚が伝わってくる。
 最少の動きでかわされている、凄い攻撃が見えているんだ。
 
「なら、これなら――って⁉」

 もう一撃と思い、更に踏み込もうとすると、疲れた足腰に力が入らず砂に足を取られてしまい。
 前に向かって倒れそうになる。

「ッキャ……」

 しかし、私の口の中に砂は入ってこない、変わりにふわっと優しく包み込まれるように彼に抱きかかえられてしまう。

「本当にじゃじゃ馬だな、剣筋なんかは見事だが体がついていっていない。無理するな」

 鍛えられた胸板に太陽と砂の香りが胸いっぱいに入り込んでくる。
 死線をあげると、彼の整った顔が目の前に現れて恥ずかしさがこみ上げてきた。

「ちょっと! 離れてよ」

 パッと離され、キリっと睨んでみるも相手はいつも通りニコニコとしているだけだった。

「はぁ……わかった。今日はもう休むわ」

 剣を片付けると自分の部屋へと戻っていく。

『良かったじゃない』

 ソマリが急に話しかけてくる。

「何がよ?」

 その返事はないが、今は言う通りに休もう、ベッドに横になると疲れた体の熱が抜けていくような感覚になる。
 朝汲んだ水で体を拭いていき、焦らずに今できることをキッチリとやっていこうと思い、火照った体と心を静めていく。
 
< 10 / 44 >

この作品をシェア

pagetop