『義賊の女王』-世界を救う聖女となる-
 ガラガラと、聞きなれない音が聞こえてくる。
 
「待たせた! 想像以上に遅いぞこれ!」

 ジャマルニ頭が引く荷駄、その壁は幾重にも重なり矢も通さない。
 その隙間からは大きな弓をもった兵が立っておりいつでも放てる準備をしていた。

 だけど、通常の荷駄では車輪の強度の問題でこれだけの重装備では走行は不可能であるけれど、これなら大丈夫だと思っていた。

「凄い、本当に持ちこたえるなんて」

 ファルスさんが感嘆の声を漏らしてしまう。
 車輪の代わりに用意したのは、キャタピラ、クローラーとも呼ぶけれどもゴムのようなものはないので、植物の皮を加工し細い柔軟性のある鉄を幾重にも織り込み強度を増している。
 正直不安であったけれど、よかった……間に合った。

「そらそら! ゼイニ様のお通りだぁ!」

 イルルヤンカシュは未だに暴れており、縄は軋みいつ切れてもおかしくない。
 ゼイニさんたち率いる荷駄隊が到着すると、敵に向けて横一列に並ぶとバンバンっと壁が倒れ大弓を構えた兵たちがイルルヤンカシュに狙いを定めていた。

「筋肉が引きちぎれてもよい! 放てぇ!!」

 私たちも弓の軌道上から抜け出すと、上をシュッ! っと、音をたてながら矢が飛んでいく。
 そして、小さな弓が主流のこの世界では考えられないだろうが、この威力なら――!!

 カツンッ! 硬い鱗の部分に命中したものは弾かれてしまう。 だが、隙間や腹部に命中した矢はザクザクと深く突き刺さっていく。

「ギャアアアブルガアアアアッ!」

 断末魔が響き渡る。
 最後の力を振り絞って暴れるが、矢は休むことなく降り注ぎ次第に相手の動きを鈍らせていく。

「や、やれるぞ!」

 ラバルナが勝ちを意識する。
 その場にいる全員がそう思ったのかもしれない。だけど、相手は伝説の生物……数多の矢を受けても倒れることなく、むしろ動きに力強さが増していく。

「化け物め!」

 ファルスさんが歯をギリっと鳴らして相手を睨んでいた。
 矢は尽きることなくイルルヤンカシュ目掛けて飛んでいく、だが、ほんの一瞬間が開いてしまう。

「バ……ガバルガアアアアアッ!!」

 ブチンッ⁉

 縄が一本切れる。 それを合図に私の体は動いていた。
 
「な? 馬鹿、やめろ! おい!! 弓隊攻撃やめやめ! レイナに当たる!!」

 ブチンッ! 二本目も切れてしまう。
 最後の力を振り絞り、血を吐き出しながら暴れるイルルヤンカシュ、辛い辛いだろう。
 だから私は狙いを定めて走り続ける。

 ブンッ! 強烈な一撃が放たれるが前ほどの速度も威力も感じられない。
 それをかわすと、今度は大きな口が開かれた……あぁ、あなたは苦しんでいたのね。

 キラリと何かが見えた。 あの大きな口の奥、喉に剣が突き刺さっていた。
 
「苦しんで、苦しんで、暴れていたのね」

 ずっと静かに暮らしていたのに、たまに人を襲ってしまうから嫌われ恐れられていたが、あくまで伝説だった存在。
 それを苦しめながら外に解き放ち、苛立ちと苦しみがイルルヤンカシュを蝕み人を襲い続けていたのだろう。

「あなたを解き放ちます! さようなら、もう伝説は終わりよ」

 光を感じることができない瞳に剣が突き刺さる。
 深く、私の力のすべてを込めて突き刺していく。

「キシャアアアァ――!!」

 グネグネと暴れるが、この手は離さない! そっと、私の手にソマリの姿も重なる。

『レイナ、もう少しよ』

 ポウっと、光が腕に集まりだしていく。
 すると、もう一段深く剣が刺さっていった。
 周りではファルスさんやラバルナたちも集まってきて攻撃を開始しており、ゼイニさんたち弓隊はこちらを見つめている。

「おやすみなさい、永遠(とわ)に苦しみから逃れて……」

 一瞬、イルルヤンカシュにグッと力がこもる感じがしたが、次の瞬間にはどんどんと力が抜けていき、その巨体は砂の上に倒れていく。
 ズンッ! っと、大きな音をたてて伝説は息を引き取った。

「う……」
「うわぁぁぁぁ!!」
「やったぞ!」
「俺たちは勝ったんだぁ」

 歓喜が谷を埋め尽くしていく。
 
「レイナ様!」

 私の部隊がソマリを模した旗を届けてくれる。 
 それを震える手で受け取ると、やさしくイルルヤンカシュの上から掲げてみた。

「よっしゃぁぁ――!」
「聖女様ぁ!」
「レイナ様!!」

 陽の光が私を焦がしていく。
 ぐらっと腰から力が抜けていくのを感じた。

(あ、倒れるかも……)

 そう思ったとき、後ろから誰かが支えてくれた。
 確認してみると、ラバルナが優しく微笑みかけてくれている。

「おいおい、無茶しすぎだぞ」

「ありがとう、でも、体が勝手に動いていて」

「そりゃ凄い、これでレイナは歴代聖女が誰も成し遂げなかった偉業を一つ重ねたことになるな」

 足元をみると、硬くどんな刃も通さない鱗を身に着けた怪物の亡骸があった。
 私は全員を集めると、イルルヤンカシュを見つめる。

「ど、どうかしましたか?」

「皆さんにお願いがございます」

 不思議そうに見つめてくる。
 ゼイニさんもこちらを真剣に見つめてきていた。

「なんでも仰ってください」

 ファルスさんが頷いてくれた。
 ラバルナも後ろで見守っている。

「苦しみから解き放ってあげたくて……」

 全員の頭の上にクエスチョンマークが浮かんだのが見える。
 ちょっと可笑しくて笑いそうになるのをこらえて、全員をイルルヤンカシュの口まで案内すると説明してく。

「こ、これが突き刺さっているのですか?」
「なんて惨い、きっと教王国の連中だろう……ずっと苦しんでいたんだなコイツは」

 ファルスさんたちが疲れた体に気合を入れて口を開くと、喉の奥に光る剣を見つけ縄を結び引き抜いていく。
 ズルズルっと抜かれた剣は、イルルヤンカシュの血がべっとりと付着している。

「ちょっと見せてくれ」

 ゼイニさんが剣をまじまじと観察する。

「これは凄い、かなり高価な品だな……一般兵の武器じゃない」

 装飾に彩られた武器、思い当たる人物は一人しかいなかった。

「まさか、こんな悪趣味な武器をもっているって……」

 ラバルナも気が付いたのか頭を抱えてうなりだした。

 
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