『義賊の女王』-世界を救う聖女となる-
***

 去り行く彼女の後姿を見つめながら、活気に沸く村の炎を感じていると、後ろから誰かが近づいてきた。
 
「よう、珍しく暗い顔しているじゃないか」

「ん? あぁ、なんだよ」

 ラバルナ、この村の長であり腐った教王国の王子様でもある。
 普段の行動からは考えられないが、わざわざ地位を捨てて親に反抗するなんて普通はできない。
 この行動力こそが彼の一番の凄いところだと思っていた。

「ゼイニがご執心なんて、いつ以来だ? あれは確かお互いまだ小さい……」

「いったいいつの話をしているんだよ。それに、彼女は今は弟さんの愛人だろ?」

 苦虫を嚙み潰したような表情に変わる。
 愛人という部分でなく、弟という単語に反応している。
 
「それに、べ、別に俺は……」

 助けてくれたときの光景が脳裏に浮かんできた。
 フードの下からのぞく綺麗な瞳に、流れるような剣技。 全てが美しかった。

「ごまかすなって、素直になれよ。レイナに頼られたときの顔が違いすぎるからそのうち全員にバレるぞ」

 大きなため息がでてしまう。
 人を好きになるとロクなことがないと知っていた。 だから今まで深い関係になった女性はいない。

「お母さんだって、きっと……」

「よしてくれよ。あの人とは随分顔もあわせていないさ、それに彼女のことだって別になんとも思っちゃいなかったろう」

「いや、そんなことはないぞ、こちらに救出してくれと頼んできたのはあの人だ。わざわざ危険を冒してまで行動しているのに愛は無かったなんて言うのかい?」

 そうか……一応、その点だけは感謝しないといけないのかもしれない。
 だけど、納得はできなかった。 レイナのことは以前から知っている。 それこそ小さいころから存在だけは教わっていた。
 将来、この国を照らす人だと聞かされていたが、まさか目の前に現れるなんて……。

「ほら」

 手渡されたのは、度数の高い酒で俺が弱いことを知っていて平気で渡してくる。

「弱いの知っているだろ?」

「だからだよ。酔っちまえ」

 これだから幼なじみはやめられない、疲れた体に一気に流し込むとグラッと視界が揺れて壁に体重を預ける。
 もやもやとする意識の中であることを考えてしまう。
 それは、昔から好きになる相手が同じという傾向があった。
 
 正確に言えば、好きになるのはこちらが一方的でだいたいラバルナに女性は惹かれてしまう。
 恋云々を彼はまだ経験したことがないのではないだろうか? 

 相手は王族、そして俺は砂漠の商人、勝てる見込みなんてない。 それは今も昔も変わることのない不変の法則であるが、今回ばかりは譲れそうもない。

 ぐいっと口を拭い、力を込めて地面を踏みしめると親友に向かって宣言する。

「負けねぇからな」

 

***

 ジャリジャリとふらつく体を強い意志で支えて歩いていく友の背中を見つめながら、ひと口酒を流し込んでいく。
 疲労で倒れそうになる体に容赦なくしみ込んでいくソレは、俺の思考を徐々に破壊していった。

「主よ、ここにおられましたか」

「あぁ、それで? 何かわかったのか?」

 ファルスが首を横に振り、下を向いてしまう。
 まぁ、何も出てこない可能性は考えていたが、本当に何もないのか?

 つい先日まで籠の鳥状態だったレイナが砂漠に適応し、剣を振るえば一騎当千の強さ。

「それに、あの知識……何者だ?」

 書物を読んでいた知識をとは言われていたが、どうも納得できない。
 軍事に特別詳しいわけでもなく、むしろこの世界のことは知識が乏しいようにすら感じる場面があった。

「レイナ様の周囲を調べましたが、あまりにも丁寧に囲まれていたため、情報は出てきません」

「出てきませんって、いきなり巨大な弓でイルルヤンカシュを捕縛しようとしたり、重装弓兵を乗せた荷駄を開発し強弓部隊を設立させたり誰が考える? 荷駄の強度をあげるために、車輪を改造し砂漠でも走行が可能になった。これで兵だけでなくかなり多くの荷物を運ぶことができるようになったんだぞ?」


 ファルスが唾を飲み込む音が聞こえてくる。
 ただ、情報は曖昧な点は否めなかった。 備え付けの強大な弓と言われたが造り方などは不明で、簡単な図と説明だけ受け間に合わせたのは親友の力による部分もかなり大きい。

「不思議な人だなまったく」

 彼がレイナに好意を持っていることは気が付いていた。
 応援もしてやりたい、だが、なんだ? この興味関心に近い、いや好奇心か? わからない。
 まだ、心の奥底でぼんやりとだけ存在する気持ちがなんなのか理解できなかった。

「寝るか」

 もうひと口、一気に飲み込みいまだにお祭り騒ぎ状態の村を背にしながら戻っていく。
 自分の心をくすぶる変な気持ちを静めるため、腰に備えていた酒の蓋をとりまた飲み込む。

「あぁ、月が綺麗だ」

 青白い世界を造っている存在、俺は月が好きだ。
 彼女は「ルナ」は月という意味もあると教えてくれ、また更に好きになる。

「本当に、不思議な人だぜ」

 月に向かって乾杯すると、また歩き出していく。
 ファルスが後ろをついてくるが、気配を消してくれていた。


 
 
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