『義賊の女王』-世界を救う聖女となる-
 ザワザワ、胸騒ぎばかりが大きくなっていく。
 暗闇の中でも色濃く存在感を表す「ソレ」は近づいてくる。

「人間じゃない……」

「レイナ様、私が時間を稼ぎます。どうかお逃げください」

 冗談じゃない、そんなことできるわけがない。
 私はそっと剣を構えると、隣で呆れたのか小さくため息が聞こえてくる。

「ありがとうございます」

「大丈夫、私たち三人(・・)なら」

 不思議そうな顔をする彼、だけどすぐに目の前にソレに神経を集中させていく。
 そして、いよいよ姿が全て見える距離までくると、スッと止まりモゾモゾと懐から何かを取り出した。

「何?」

 蒼色に輝く水晶のようなモノから光が発せられると、辺りが一気に明るくなる。
 すると、目の前に立っていた存在の姿もはっきりと見えだした。
 粗末な布で覆われ、顔は見えない。
 
 まるで、死神のようにも見えた。

「恐れることなかれ」

 ⁉ 

 急に話だし、隣に立っていた男性は気を失ったかのように倒れてしまう。

「な、何をしたの⁉」

「話の邪魔だと思いましてね、少々眠ってもらいました。安心してください、生きておりますよ」

 不気味な声に耳を傾けていく、こちらはいつでも闘える準備を整えていたが、体が思うように動かない。

「あなたはいったい何者なの?」

「私? 私という存在に名などありませんよ。そうですね、しかし、それでは人間であるあなた方は存在を認識できないのかもしれません。あえて言うならば、この腐敗した世界を旅する旅人とだけ名乗っておきます」

「旅人? 人なの?」

「おやおや、おかしな、あえてっと申したではないですか、旅人とだけ認識してください。お願いします」

 話のつかみどころが不明で、なんだかモヤモヤする。
 だけど、今はそれにあわせるしかないと思い、体の力を抜くと一気に思うように動き出した。

「そうです。それでよいのです。さて、私はある提案をしにきました。我が主を目覚めさせて欲しいのです」

「主? それって誰なの?」

「簡単なことです。この世界は偽りで満たされている。あんたも聞いたでしょう? 二つの言い伝えがだけが残り、今は可哀想に泉の奥に封印されている存在を」

 二つの言い伝え? 泉……。 私の脳内である言葉が浮かんできた。

「イフリート」

「御名答、我が主は不本意にも人間によって騙され封印されているイフリートです。しかし、人間は傲慢である。自分たちに都合の良い伝説を残し子孫に伝えている」

 この存在が何を言おうとしているのかわからない。
 ただ、イフリートの封印を解くように私にお願いしてきているのだけは理解できた。

「どちらが正しいにしろ、私がその封印を解いて利益があるのかしら?」

「ふふふ、私利私欲のために動く人間らしい言葉ですね。あなたが望んでおられるものが一気に解決するかもしれませんよ。それに教王国に対し打撃になる。これだけでも十分な理由になりませぬか?」

 確かに、現状で一番の問題になっているのは水の問題。
 それを解決できる可能性は非常に高い、だけど、どこか信用できない雰囲気に私は言葉を発せないでいる。

「確かに、あなたがお考えのように信用できないでしょう。だから、私と約束をしませんか? 取引などといった感じではなく約束ですよ。なんとも意味の無い口約束と思って構いません」

「それって、よく物語に登場する悪いヤツが騙すために使う常套句じゃなくて?」

 渇いた笑いが響き渡る。
 あたりを包み込んでいた光は次第に消え始め、闇がまた支配していく。

「大丈夫です。ご心配なく、私が望むのは主の復活のみ、もしこれを叶えられたならばレイナ(・・・)さんにきっと役立つ出来事が起きるでしょう」

 私の名前を知っている? それに、こちらの事情も把握していそうだった。
 本当に不気味な存在。

「そんな変な約束、私が守るとでも思っているのかしら?」

「なぁに、心配しておりませんよ……」

 そう言って、パッと光が消えると再び静寂と夜の世界へ戻っていく。
 目の前には、カサカサと揺れ動く布切れだけが砂の上に落ちており、僅かな風が吹くと夜空へと飛んで消えていった。

「馬鹿みたい」

 ガクガクと体が震えていく。
 強がっていたけれど、薄気味悪い感じに恐怖する自分がいた。
 
「……っう」

 足元で動きだした男性を立たせると、容体を確認するために村へと引き返していく。
 だけど、体にまとわりついた嫌な感じはいくら身体を清めようとも拭えるものではなかった。
 
「確かに水は必要、だけど別の方法だってある」

 そう言い聞かせながら、寝床に潜り込んでも中々寝付けない。
 幸いなことに、気絶した人は命に問題はなく今では普通にしていた。
 だけど、倒れていたときの記憶は無く、面目ないと私に謝ってばかりだった。

「いったいヤツはなんなの」

 ソマリに話しかけたつもりだったが、返事は返ってこない。
 モヤモヤとした気分のまま、眠ろうにも眠れずそのまま朝を迎えてしまう。
 大丈夫、私が動かなければよいだけなのだから……。

 眩しい朝日に目が焼けそうになる。
 無理やり起き上がり、外に出て温まり始めた空気をあびて深呼吸を一度すると後ろから人の気配が近づいてきた。
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