『義賊の女王』-世界を救う聖女となる-
 どうにか間に合い、自分たちの拠点にしているオアシスの村に帰ると、既に準備を整えたラバルナ率いる兵たちが士気を高めていた。

「いいか! これは、この世界を救う大きな一歩となる戦いだ。俺たちの進む道は暗い、だが!! その暗闇を照らす月の光がある。その一筋を目指し突き進め、その刃で闇を切りひらくのだ!」

「「オオォォォォォ――!!」」

 物陰から見守っていると、背後から声をかけられた。

「レイナ様、こちらでしたか……」

「どうだった?」

 私の部隊の兵の一人で、問いかけに頷いてくれる。 
 よかった……かなり困難かと思われたが、想像以上に協力してくれるようだ。
 それだけ、現状に抗いたい、今の世界は間違っていると感じている人々が多いのだろう。

「この無謀な戦いもそんな理不尽な世の中だから、誰も止めないかもしれないわね」

 一度立ち止まって冷静に考えてみればわかる。
 もっと平和的に解決できる糸口が中々見えないということもあるけれど、こうも焦る必要などまったくないと……だけど、それを抑えられないほど、この世界は腐ってきているのかもしれない。
 
「それじゃぁ、行きましょう」

「ハッ! ゼイニ様もお待ちです」

 頼もしい仲間と一緒に抜け出していく。
 背後には、ラバルナの象徴でもあるルナ、月の旗が力強く風に揺られている。
 そして、その隣には私の旗は無い。

「おいおい、本当にいいのか? 最初は見守るだけって?」

「うん、たぶん今の彼なら大丈夫だと思うけど、問題は……」

 私が一番懸念しているのは、教王国の動きだ。
 いくらお金を浪費している場所だからって、自分の土地を攻められて黙っている人はいないと思う。
 それに、なんだか嫌な予感がしてならない……この胸騒ぎはなんだろう?


***

「おい! オヤジ!」

「口を慎め馬鹿息子が!」

「へっ、どっちもどっち言葉知っているか? それより聞いたか?」

 教王国、静かに物思いにふけていた王に乱雑な男が近づき、ワクワクとした表情を向けていた。
 
「ふん、知っておるわ。ラバルナめ……イフリートの泉を奪うつもりだと? イルルヤンカシュでコッソリと始末するつもりだったが、手緩かったということか……やはり、自らの手を血で染めねばならぬか」

「しかし、あの化け物使えなかったな……俺様の剣をくれてやったのによ」

 コロコロと表情を変える息子に対し、王は無表情のまま月を見つめていた。
 心の中では何を考えているのか知る人はいない。 
 だが、ハッキリと言えるのはこの世界で一番残忍な存在と言えるのは彼をおいて存在しないということだ。

「ふむ、どこぞのコソ泥程度なら泉などくれてやってもよかったが、ゴミが絡むというなら話は別だな、どれ、適任者を選び兵を準備させよ。守備隊と挟み撃ちならばさすがのラバルナも殺せるだろう」

 ニタリと笑う。
 自らの息子を始末するために、王は軍を動かすつもりだった。
 今までコッソリと亡き者にしようとしていたが、今度は違う。

「ハハハハッ! さすがオヤジ、わかった。見繕っておく」

 そういって騒がしい存在は部屋から去っていく。
 また静寂が戻った世界で、彼は立ち上がり壁にかけられていた絵画を剣で切り裂く。

「愚息よ。今、私の手で始末してくれよう。お前が悪いのだ……我が天下に土足で入り込むなど、虫は虫らしく潰されていればよいものを、しぶとく生き残るからこうなるのだ。おぬしの希望もろとも潰してくれよう!」

 しかし、王の目論見とは別にラバルナの弟は苦虫を嚙み潰したよう表情でいた。

「チッ、オヤジがふざけるな。兄貴はお前にくれてやっても良いが、あの女だけは許さねぇ! 俺様の顔に泥を塗りやがって、絶対殺してやる。吊るして砂漠で干からびさせてやる。見ていろよ!!」

 そこで彼は考えた。
 王の配下を向かわせると、兄は捕らえるかもしれないがレイナは殺してしまうかもしれない。
 どうしても自らの手で止めをさしたかった彼は、それは我慢ができなかった。

「まぁ、数は少ないが俺の配下を向かわせるか……ふひひひひひ、たのしみだなぁ」

 自らの配下と王の正規兵をあわせて混成部隊、王の息がかかった兵は第一目標をラバルナに定め、弟の兵はレイナ捕縛に集中していく。
 その数約百五十、泉の兵と合わせ二百五十の大規模な行軍、動員できる兵力はもっと多いが確実に各々の獲物を捕らえるために、指揮伝達が通りやすい人数に絞る必要があった。

 だが、正規軍の挟撃にレイナやラバルナたちは耐えられるのだろうか?

***

 嫌な風が吹いてきた。
 この乾いた世界のどこかで雨が降っている。
 湿り気をおびた空気が鼻に入り込んで肺を満たしていく。

「準備はできたの?」

「滞りなく」

「そう、なら定位置で待ちましょう」

 私たちはラバルナたちとは離れた位置に陣を築くことにした。
 今頃彼はイフリートの泉を攻めるすべく行軍しているに違いない。
 これほど、大きな軍事行動が教王国の耳に届いていないはずはない。

「絶対動くわね」

 泉だって簡単に落ちるはずもない、窮鼠猫を嚙むって言うけれどいくらやる気のない兵だけで構成された部隊だって、死にたくないのなら全力で抵抗してくる。
 そうなれば苦戦するに決まっていた。

「私たちもいつでも動けるようにしていましょう」

 ざわッとフードが風で脱がされ、いつしか空は灰色の雲で覆われていた。
< 30 / 44 >

この作品をシェア

pagetop