エデンを目指して
伝令
それから二日間は何事もなく過ぎた。三日目の朝、芦毛の馬に乗った少年が一人、グリン達の基地を訪れた。タラとグリンが表へ出る。銀嶺は眠っていたのだが、表の騒ぎを聞いて目を覚ました。窓から少年を見る。小麦色の肌に黒い髪をした、見たところ十五、六歳位の男の子だった。銀嶺は支度を済ませると、表へ出た。他にも隊員達がわらわらと出て、少年を取り囲んでいる。
「何の騒ぎ?」
銀嶺はグリンに声をかけた。
「まず、この坊主はここから馬で二日程離れた所の村の住人だ」
「村?」
「はい。僕らの村は長いこと平和にやっていました。でも最近、近くに魔界の奴等が巣を作って、それで時々村を襲うんです。村には守備兵が居ますけど、少しばかり応援が欲しいんです。出来れば火炎を操れる者と剣士が良いです……そう、村長に言われて来ました」
「だがなあ、俺達は中央司令部からの命令で動いているんだぞ。勝手に部隊を動かすわけにはいかん。気の毒だが期待には添えないな」
バルタが冷たくあしらった。グリンは少し考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「俺と銀嶺で行く。二人だけなら構わんだろう? それに、こいつらの要望通り、火炎使いと剣士だ」
「……フン。好きにしな」
バルタはそう吐き捨てると、宇宙船へ戻っていった。
「皆、そういう訳だ。今から俺と銀嶺で行ってくる。俺達が居ない間に中央司令部からの指示があったらその通り動いてくれ」
「……分かった。気を付けてな」
タラがグリンを見てうなずいた。
「銀嶺、足手まといになるなよ」
「ええ。気を付けるわ」
二人はスペースカイトに乗った。武蔵が走ってきて、銀嶺のカイトに飛び乗る。
「武蔵……」
「良いだろう。武蔵も連れていこう。坊主、村まで案内してくれ」
「ロキです……僕の名前」
「そうか、じゃあロキ、頼むぜ」
「はい」
ロキは馬に乗ると砂漠に向かって走り出した。銀嶺とグリンは馬の歩調に合わせてカイトを飛ばす。
「どんな村なの?」
「オアシスを囲むように出来た村です」
「オアシス……でも、私達にもう水は必要ないのではなくて?」
「飲み水というなら、別に必要ありません。ですが、オアシスは美しいんですよ。美に触れる事はエネルギーを上げてくれます」
「なるほどね。確かにそうだわね」
岩盤質の乾いた大地に灼熱の太陽が照り付けていた。物理身体ではない三人と一頭にとって、それは身体疲労を促すものではなかったが、最初のうちこそ、雄大な風景に感動したものの、どこまでも続く不毛の大地をひたすら進むというのは、気分の滅入るものであった。
夕方まで走って、ロキは馬を止めた。近くに大きな岩山がある場所だった。
「今日はここで野宿しましょう」
「俺達は別に夜通し進んでも構わないぜ?」
「ですが、この先は夜になるとたまに魔界勢力に出くわす事があるんです。夜明けを待って進んだ方が無難です」
「……分かった。よし、銀嶺、休憩しよう」
二人と一頭はカイトを降りた。砂の上に腰を下ろすと、空に目をやる。地平に沈みかけた太陽が、辺りを金色に染めていた。さながら、黄金の海に浮かんでいる様である。
「綺麗ね」
銀嶺の口から自然に言葉が漏れた。
「そうだな。こうして夕日を見るだけでも、エネルギーが補給できるって訳だな」
武蔵が銀嶺の腿に顎をのせて寝転んだ。
「武蔵、お前にも美が分かるかしら?」
「分かりますよ」
ロキが微笑む。
「そうか?」
「はい。動物にだって、ある程度美は理解出来るんです。人間ほどじゃありませんけどね。僕の馬も、良くオアシスを眺めていますよ。美しいと思っているんです」
ロキはそう言って笑う。
「そうかもね……。ねえ、私ちょっと、その辺を散策してみるわ」
「その辺って、何もないぞ」
「あの岩山を見てくるわ。上に登って、夕日を眺めてみたいのよ」
「分かった。一人で大丈夫か?」
「大丈夫よ。剣があるわ。それに、念話が使えるでしょ」
「そうだな。気を付けてな」
「ええ」
銀嶺は立ち上がると岩山へ向かって歩き出した。夕日を受けて、岩山は真っ赤に染まっている。銀嶺は岩山の周囲を歩いてみた。しばらく歩くと、何やら声が聞こえた様な気がした。
「何かしら? 人間みたいだわ」
銀嶺は声のする方へ歩いていった。大きく岩山の壁面が窪んだ、その奥に、うずくまる人影があった。黒いマントを着た皺だらけの老婆が、啜り泣いていた。銀嶺は恐る恐る近付いて、声をかけた。
「あの……お婆さん、どうしたんですか?」
老婆は一瞬泣くのを止めると、銀嶺をマジマジと見つめた。黒い瞳が穴の様だった。
「ああ……あんたは?」
「安心して下さい。私は銀嶺。ウォーカーです」
「ウォーカー……」
「ええ。何かあったんですか?」
老婆は涙を手で拭うと、しわがれた声で話し始めた。
「ワシの村が魔界に襲われたんじゃ……」
老婆は大きく溜め息を付いた。
「何の騒ぎ?」
銀嶺はグリンに声をかけた。
「まず、この坊主はここから馬で二日程離れた所の村の住人だ」
「村?」
「はい。僕らの村は長いこと平和にやっていました。でも最近、近くに魔界の奴等が巣を作って、それで時々村を襲うんです。村には守備兵が居ますけど、少しばかり応援が欲しいんです。出来れば火炎を操れる者と剣士が良いです……そう、村長に言われて来ました」
「だがなあ、俺達は中央司令部からの命令で動いているんだぞ。勝手に部隊を動かすわけにはいかん。気の毒だが期待には添えないな」
バルタが冷たくあしらった。グリンは少し考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「俺と銀嶺で行く。二人だけなら構わんだろう? それに、こいつらの要望通り、火炎使いと剣士だ」
「……フン。好きにしな」
バルタはそう吐き捨てると、宇宙船へ戻っていった。
「皆、そういう訳だ。今から俺と銀嶺で行ってくる。俺達が居ない間に中央司令部からの指示があったらその通り動いてくれ」
「……分かった。気を付けてな」
タラがグリンを見てうなずいた。
「銀嶺、足手まといになるなよ」
「ええ。気を付けるわ」
二人はスペースカイトに乗った。武蔵が走ってきて、銀嶺のカイトに飛び乗る。
「武蔵……」
「良いだろう。武蔵も連れていこう。坊主、村まで案内してくれ」
「ロキです……僕の名前」
「そうか、じゃあロキ、頼むぜ」
「はい」
ロキは馬に乗ると砂漠に向かって走り出した。銀嶺とグリンは馬の歩調に合わせてカイトを飛ばす。
「どんな村なの?」
「オアシスを囲むように出来た村です」
「オアシス……でも、私達にもう水は必要ないのではなくて?」
「飲み水というなら、別に必要ありません。ですが、オアシスは美しいんですよ。美に触れる事はエネルギーを上げてくれます」
「なるほどね。確かにそうだわね」
岩盤質の乾いた大地に灼熱の太陽が照り付けていた。物理身体ではない三人と一頭にとって、それは身体疲労を促すものではなかったが、最初のうちこそ、雄大な風景に感動したものの、どこまでも続く不毛の大地をひたすら進むというのは、気分の滅入るものであった。
夕方まで走って、ロキは馬を止めた。近くに大きな岩山がある場所だった。
「今日はここで野宿しましょう」
「俺達は別に夜通し進んでも構わないぜ?」
「ですが、この先は夜になるとたまに魔界勢力に出くわす事があるんです。夜明けを待って進んだ方が無難です」
「……分かった。よし、銀嶺、休憩しよう」
二人と一頭はカイトを降りた。砂の上に腰を下ろすと、空に目をやる。地平に沈みかけた太陽が、辺りを金色に染めていた。さながら、黄金の海に浮かんでいる様である。
「綺麗ね」
銀嶺の口から自然に言葉が漏れた。
「そうだな。こうして夕日を見るだけでも、エネルギーが補給できるって訳だな」
武蔵が銀嶺の腿に顎をのせて寝転んだ。
「武蔵、お前にも美が分かるかしら?」
「分かりますよ」
ロキが微笑む。
「そうか?」
「はい。動物にだって、ある程度美は理解出来るんです。人間ほどじゃありませんけどね。僕の馬も、良くオアシスを眺めていますよ。美しいと思っているんです」
ロキはそう言って笑う。
「そうかもね……。ねえ、私ちょっと、その辺を散策してみるわ」
「その辺って、何もないぞ」
「あの岩山を見てくるわ。上に登って、夕日を眺めてみたいのよ」
「分かった。一人で大丈夫か?」
「大丈夫よ。剣があるわ。それに、念話が使えるでしょ」
「そうだな。気を付けてな」
「ええ」
銀嶺は立ち上がると岩山へ向かって歩き出した。夕日を受けて、岩山は真っ赤に染まっている。銀嶺は岩山の周囲を歩いてみた。しばらく歩くと、何やら声が聞こえた様な気がした。
「何かしら? 人間みたいだわ」
銀嶺は声のする方へ歩いていった。大きく岩山の壁面が窪んだ、その奥に、うずくまる人影があった。黒いマントを着た皺だらけの老婆が、啜り泣いていた。銀嶺は恐る恐る近付いて、声をかけた。
「あの……お婆さん、どうしたんですか?」
老婆は一瞬泣くのを止めると、銀嶺をマジマジと見つめた。黒い瞳が穴の様だった。
「ああ……あんたは?」
「安心して下さい。私は銀嶺。ウォーカーです」
「ウォーカー……」
「ええ。何かあったんですか?」
老婆は涙を手で拭うと、しわがれた声で話し始めた。
「ワシの村が魔界に襲われたんじゃ……」
老婆は大きく溜め息を付いた。