エデンを目指して

 城はもう目前に迫っている。銀嶺は城の周囲を見渡してみた。方々から魔界の守備兵を打ち破ったウォーカーが城に侵入して、場内の魔界兵と戦っていた。銀嶺達は高い城壁の上を飛び越え、そびえ立つ城の最上階へと上昇しようとした。その時である。

「ヴァ~!」

敷地内に割れ鐘の様な声が響いた。声は何かの歌の様であり、禍々しい旋律で地の底から沸き上がるような唸りを上げていた。その声を聴いた銀嶺は――いや、銀嶺だけではない、グリンもタラも、そして武蔵までもが、頭の中がグラグラと煮えたった様に揺さぶられ、吐き気を催した。

「何だ……この声は!」

グリンは頭を振ってうめいた。

「何かは分からんが、魔界の攻撃には違いない。グリン、火を頼む!」

タラが叫ぶ。

「……良し」

グリンは軽く目眩を覚えながらも、何とか火炎を吐き出して、自分と仲間を炙った。皆の頭は少し楽になった。グリンは炎で大きな球体を作る。

「皆、この火の玉の中に居るんだ。このまま天守閣まで行こう」

そう言って二人を密集させた。


 三人は火の玉に包まれながら城の最上階へ到達した。城の中から、激しい戦いの音が聞こえてくる。中はウォーカーと魔界が入り乱れて戦っているのに違いなかった。

「良し、行くぞ!」

グリンは気合いを入れると、最上階の窓へ突撃した。タラが斧で窓を突き破る。

ガシャーン!

ガラスが粉々に砕けて、部屋中に飛び散った。部屋に待機していた十人程の護衛が三人を取り囲む。護衛の向こうに、黒い長いローブの下に甲冑を着込んだ、青白い皺だらけの顔の男の姿が見えた。グリンは、甲冑のきらびやかな装飾と、胸に着けた階級章の様な宝石類から、そいつが司令官だと推察した。


「人間共が生意気な! ここへ侵入して生きて帰れると思うのか!」

司令官はそう言って冷笑する。

「魔界風情が生意気だぞ! この宇宙にはお前達はお呼びじゃない」

グリンはそう言い返すと、円陣を組んだ護衛に向かって、火炎の大波を浴びせた。

シュウウッ!

魔が焼ける匂いがして、護衛達の姿が揺らめいた。すかさずタラが護衛の一人を切り付ける。流石に司令部の護衛だけあって、一度の炎では焼け死ぬ事はなかった。再び、あの割れ鐘の様な声が城内に響き渡る。

「ううッ! もう、何なのかしら、あの声!」

銀嶺はうめいて、よろめいた。その隙に護衛が銀嶺に詰め寄る。

「ウウォーン!」

声を押し返すかの様に、武蔵が大きな声で遠吠えした。思わず足が止まる護衛達。銀嶺はその一瞬を見逃さなかった。剣を付き出したまま体を一回転させ、疾風の輪を護衛に送る。

スパーン!

乾いた音と共に、護衛達の身体は胴体で真っ二つに
切り離された。だめ押しでグリンが再び炎の波を送る。護衛達は煙となった。


「うう……やるな、ウォーカー共め!」

司令官が歯軋りする。

「諦めるんだな」

グリンはそう言い放つと、火炎放射器を向けた。

「ま、待て! お前達、我々が生まれた本当の理由が知りたくないのか?」

グリンは動きを止めた。

「本当の理由だと?」

「そうだ。そもそもお前達は何故我々を目の敵にするのかね?」

「それは……! お前達が俺達高級勢力下にある者を襲いに来るからだろうが!」

「フン! その高級勢力だがな、奴等の言うエデンとやらを、お前達は見た事があるのか?」

「それは……」

「ホホ。知りもせずに奴等の言いなりになっているだけではないか! そもそもエデンと言うのはだな、人間を人間で無くする、非情なものなのだぞ!」

司令官は青白い顔を歪めて薄ら笑った。

「……どういう意味だ?」

「エデンが完成すれば、もうお前達は人間ではなくなる。そこにはおよそ人間らしい感情もなく、生殖活動をして子孫を残そうという欲求もなくなる。そんなものは生命の本質からかけ離れた不自然な状態だとは思わんかね? 喜びも悲しみも、憎しみも何もない空間だぞ。果たしてそれが本当に幸せかね?」

「……」

「良く考えてみたまえ。その様な非人間的な世界を……その様なバランスの悪い世界を是正するべく、我々は存在しているのだ。そもそも、既に存在している我々を――それは宇宙が認めたという事だ――それを無条件に排除する権利が、お前達にあるのかね?」

「グリン……」

銀嶺がグリンの腕に手をかけた。そうだ、ここに来る前に、微かに銀嶺の心に芽生えた疑問だ。魔界とは何なのか……

ヒュッ!

突然空を切る音がしたかと思うと、銀嶺の胸に短剣が突き刺さった。声もなくその場に倒れる銀嶺。

「コイツ!」

グリンは雄叫びを上げると、強力な炎を司令官に浴びせた。タラが突進して、司令官の脳天に大斧の一撃を食らわせる。目玉が飛び出し、大量の血を吹き出して、司令官は床に崩れ落ちた。

「戯れ言を言うな!」

グリンはそう吐き捨てると司令官を焼き尽くした。部屋中に、魔の焼けた匂いが充満した。
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