契約結婚のはずが、極上弁護士に愛妻指名されました
 渚は声をあげて、ぶんぶんと首を振った。

「な、名前でなんて、呼べません。それに家では誰も見てないのに……」

「君は」

 言いながら、瀬名が渚に一歩近づいた。
 その長い脚での一歩は、渚が後ずさった分をゆうに超えて、ふたりの距離をぐんと縮める。
 少し男性的な甘い香りが渚の鼻をふわりと掠めて、未知の世界に足を踏み入れてしまったような、そんな危機感が渚を襲う。
 瀬名が、形のいい眉を寄せた。

「君は、そんなことで佐々木先生の目を誤魔化せると本気で思っているのか? これから家族で会う機会もあるのに、その時も先生と呼ぶつもりか?」

「で、でも……先生」

 渚はなおも首を振り、掠れた声をもらす。
 その渚に瀬名が低い声で追い討ちをかけた。
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