契約結婚のはずが、極上弁護士に愛妻指名されました
 自分では自炊はしないと言っていたが、それはできないという意味ではなく、どうやらやろうと思えば大抵のことはできるようだ。
 たくさんのタコを茹で上げるのには相当な時間がかかったというのに、キッチンから見える都心の街に陽が沈む頃には、タコ飯にタコ酢、タコのお刺身に、味噌汁までついたタコづくしの夕飯が出来上がった。
 姉と義兄に届ける分をタッパーに詰めながら、渚はひどく懐かしい気分になっていた。
 こんな風に、誰かと一緒に料理をするのは何年振りだろう。
 いうまでもなく父はキッチンには立たないし、姉も渚が家にいるときは完全にお任せだ。
 記憶にある限り、こうやって誰かとキッチンに立ったのは、最後の入院前に母と一緒に料理をして以来だった。
 オレンジ色に染まる街を眺めながら渚はぼんやりと考える。
 ……そういえば、父はちゃんとご飯を食べているだろうか。
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