契約結婚のはずが、極上弁護士に愛妻指名されました
 渚はそれに答えられないままに、その背中をジッと見つめた。
 胸がぎゅっとなって、目の奥が熱くなった。
 どうして彼が、今渚が一番ほしかった言葉をくれるのだろう。
 ほんの少し前まではろくに口を聞いたこともなかった、形だけの夫である彼が。
 渚はテーブルに夕食を並べている彼の綺麗な横顔を見つめる。
 その時ふいに渚の頭に、今まで思いもしなかったある考えが浮かんだ。
 もし自分が将来本当の結婚をするとしたら、彼みたいな人がいいな。
 それはただの思いつき。
 本当になんとなく頭に浮かんだだけの素直な感想。
 でも渚はそんな自分の中の小さな変化を、大きな驚きでもって受け止めた。
 こんな気持ちになるのは本当に久しぶりだった。
 もちろん渚だって恋をしたことくらいはある。でもどれも一方通行な拙い、幼いものだった。
 しかも高校生の頃に母に病が発覚してからは、入退院を繰り返す母が心配でとてもそんな気持ちにはなれなかった。
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