契約結婚のはずが、極上弁護士に愛妻指名されました
 しばしの沈黙。
 少し不思議に思って渚が顔を上げようとすると、まるでそれを遮るかのようにもう一度腕に力が込められる。

「っ……!」

和臣が、まだ少し湿ったままの渚の髪に頬を寄せて、低い甘い声を出した。

「渚……」

 心が震えるのを感じた。
 彼に名前を呼ばれるのは初めてのことではない。でも今はなにか違った響きを帯びて渚の耳に届いた。
 顔を上げると、そこにはどこか複雑な色を浮かべた和臣の視線。いつも真っ直ぐ相手を見つめるその瞳が、迷うように渚を見つめている。

「和臣さん……?」

 和臣の大きな手がすっかり火照った渚の頬にあてられる。
 端正な顔立ち、いつも余裕のその彼がなにかを堪えるように眉を寄せて、男らしい薄い唇をわずかに歪めた。
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