契約結婚のはずが、極上弁護士に愛妻指名されました
 千秋は手伝うつもりはこれっぽっちもないらしく、対面式キッチンのカウンターに腰掛けてテキパキと魚を洗う渚の手元を見ている。
 そしてやや大袈裟にため息をついた。

「本当に渚は料理が上手ね。こうやって渚の料理を食べられるのが私たちだけなんてもったいないわ。私、渚がおばちゃんのお弁当屋を継いでくれるのを楽しみにしていたのに……。きっと商店街の方たちも同じ気持ちだったと思うのよ。それなのにお父さんったら、本当に頑固なんだから」

 ぷりぷりとして千秋は言う。
 渚は無言のまま手を動かし続けた。

「心配だなんていうけれど、渚だってもう大人なんだから、自分のやりたいことは自分で決めたらいいのよ」

 二年前短大を卒業した当時、渚にはやりたいことがあった。亡くなった母の実家のお弁当屋を継ぎたかったのである。
 母を女で一つで育て上げた祖母がやっていたそのお弁当屋は、渚の記憶にある限りいつも人で賑わっていた。
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