契約結婚のはずが、極上弁護士に愛妻指名されました
 それでも……。
 和臣の携帯に毎日届く"今夜の夕食は……"のメッセージが、少しだけ和臣の帰宅時間を早めてくれる。
 リビングで眠ってしまった日は、布団をかぶせてくれている。
 たまたま夜中に帰宅して、トイレに起きた渚と出くわしてしまった時は『こんなに夜遅くに麻婆豆腐は無理でしょう』と少しぷりぷりして、お茶漬けを作ってくれたこともあった。
 だがたとえなにもしてくれなかったとしても大都会の真ん中のどこか無機質に感じる自分のマンションで、彼女が眠っていると思うそれだけで、温かい気持ちになっただろう。
 おそらくはこれが、『家庭を持て』と言った龍太郎の真意なのだろう。
 だからと言って、自分の娘を勧めるあたりは、少々親バカだなとは思うものの、兎にも角にも自分はまんまと龍太郎の策略にハマってしまったというわけだ。
 和臣はふぅーとため息をついて、隣の渚をチラリと見る。
 ふっくらとした頬が少し日に焼けて赤くなっている。手を伸ばしてそっとその頬に触れてみると、まるで焼き立てのパンのように温かく、すべすべとしていた。

「うーん」

 渚がかわいく唸って、もぞもぞと身体を動かし始める。そしてそのまま隣の席の和臣の肩にもたれかかり、またすやすやと寝息を立て始めた。
 もうこうなったら、仕方がないと和臣は思う。
 初めからどこかおかしいと感じながらもずっと彼女から目を離せなかったのだ。
 今更どうあがいてもこの気持ちを消すことなどできるわけがないだろう。
 そして自分の気持ちを自覚した今は、和臣の取るべき道はひとつなのだ。
 ただ、問題は。
 やはりふたりが、普通ではない結婚をしてしまっていることだろう。

「どうするかな」

 和臣は肩に感じる温もりに、そっと頬を寄せて、花のような渚の香りを感じながら小さくため息をついて、呟いた。

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