契約結婚のはずが、極上弁護士に愛妻指名されました
 和臣が少し懐かしむような声を出した。

《そういえば実家でも、新米が取れた最初の日は必ずおにぎりだったな。塩でさ、確かにそれだけでうまいはずだ。……思い出したら食べたくなってきた。それ俺の分残しておいてくれる?》

「え? でも、和臣さん飲みに行くんじゃ……」

 打ち合わせに使うとはいっても和臣が行く店ならば高級店には違いない。そんなところで食べて帰るのに、渚が作るおにぎりを残しておく必要があるのだろうか。

《どうせ酒ばっかりだ。それより渚のおにぎりと味噌汁の方がうまいに決まってる。遅くなるから、キッチンに置いておいてくれればいいよ。渚は先に寝てて》

 まるで本当の夫婦のようなことを言って、和臣は電話を切った。
 さっきまでシワシワにしぼんでいた渚の心があっというまに温かくて幸せななにかで満たされてゆく。
 彼が渚に愛情を持って言っているわけではないとわかっていても、うれしかった。
 渚は胸に携帯を抱きしめる。無機質な、それすら温かいような気がした。
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