契約結婚のはずが、極上弁護士に愛妻指名されました
 玄関のドアを開けると、リビングの明かりは消えていた。
 渚はもう寝たようだ。
 胸の中の獣を持て余したまま、和臣は廊下を進む。渚の部屋のドアが少し開いて光がもれていた。

「渚?」

 呼びかけても返事はない。
 そっとドアを開けてみると、彼女はベッドの脇のデスクにいた。専門学校の教本とノートを広げて、ペンを手にしたまま突っ伏してくうくう寝息を立てている。
 無機質な大都会の中に存在する、たったひとつの陽だまりのような彼女の部屋に、ゆっくりと足を踏み入れれば、途端に和臣は無垢な香りに包まれた。
 閉じた長い睫毛とうっすら笑みを湛えた唇、真っ白な頬に、和臣の心は洗われてゆく。
 胸の中の獣が、なりを潜めた。
 そうだ自分は彼女の夢を応援すると決めたのだ。
 夢に向かって一心不乱に進み続ける彼女を邪魔立てする者は誰であろうと許さない。
 たとえそれが自分自身だとしても。

「渚、風邪を引くぞ。ベッドへ行け」

 声をかけると、彼女はわずかに目を開いて「おいしいですね」と微笑んだ。そしてまた目を閉じた。
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