契約結婚のはずが、極上弁護士に愛妻指名されました
 もはやふたりの結婚はなんの意味もなくなった。そして結婚が意義を失った以上、渚がこのマンションにいる理由もない。
 実家に帰って父との関係がどうなるかはまったくわからないけれど、でもそうするしかない。これ以上彼に迷惑をかけるわけにはいかないのだから。
 だが和臣がそれに否と唱えた。

「ダメだ‼︎」

 そして、渚の肩を両手で掴み、真っ直ぐな眼差しで渚を見つめた。

「渚はここにいるんだ。行くあてなんてないだろう? 先生は必ず俺が説得する。渚はなにも心配しなくていいから、今まで通りここから学校へ通いなさい」

「和臣さん……」

 呟きながら、渚は彼の書斎の水色のファイルを思い出していた。一度手を差し伸べると決めたなら、なにがあろうと彼はその手を離さない。どれだけの人がこの手に救われたのだろう。
 奇跡のような人。

「でも……、でもお父さんが、認めてくれるとは思えない……」

 説得を続けようとすれば、和臣の立場だって危うくなってしまう。
 和臣が、渚を安心させるように微笑んだ。

「俺は交渉のプロだ。相手が誰あれ、絶対に説得してみせる。必ず君を守り抜く」

 真っ直ぐな視線。
 その中にある力強い光に、渚は目を見開いた。
 今この瞬間に、弁護士瀬名和臣の本当姿を見た、そんな気がして。
 そして渚は、そこから目を逸らせないままに、ゆっくりと頷いた。

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