契約結婚のはずが、極上弁護士に愛妻指名されました
 一方で、和臣の事務所での立場は以前となにも変わらないようだった。少なくと渚から見る限りは、渚とのことが影響して不利な扱いを受けているようには思えない。
 渚はとりあえずそのことに安堵していた。

「ちょっと話があるの。帰る前に」

 愛美の言葉に渚は頷いて立ち上がった。
 どこか穏やかじゃない彼女の誘いに、すんなり応じたのは今日が彼女の最後の出勤日だからだ。
 愛美は、和臣と渚の結婚が発表されてから、日に日に業務に対するやる気をなくしていた。いつもどこか投げやりで、ミスを繰り返しては、叱られていた。
 それでもどうにかこうにか、勤務を続けていたが、なにがあったのかここ数日で急にバタバタと退職することが決まったのだ。
 ふたりは無言で資料室へ移動する。めったに使わないその部屋は、埃っぽくて、少し湿った匂いがした。

「今まで、お世話になりました」
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