契約結婚のはずが、極上弁護士に愛妻指名されました
 もうだれも弁当を買いに来なくなったカウンターを丁寧に拭いている。

「お父さん……」

 渚が呼びかけると振り向いて、驚いたように動きを止める。
 龍太郎はスーツ姿のままで、脇には仕事鞄が置いてある。時々、仕事帰りにこうやってここへ来ていたのだろうか。
 店の中は、二年経っているとは思えないほど、整然として、当時のままだった。

「お父さん」

 渚がもう一度呼びかけると龍太郎はため息をついて、近くにあるパイプ椅子に腰を下ろした。

「お父さん、なにしてるの?」

 龍太郎は渚の問いかけには答えずにカウンターをじっと見つめている。
 そして、少し懐かしむように目を細めてから、ゆっくりと口を開いた。

「母さんはいつもあのカウンターにいたんだよ。いつも笑顔で、あのカウンターからわしに呼びかけてくれた。今日はなんにする?てな」

 渚は少し驚いて、カウンターに視線を移す。そして父の言葉に耳を傾けた。
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