契約結婚のはずが、極上弁護士に愛妻指名されました
「では、失礼。行こう、渚」

「え⁉︎ きゃっ‼︎」

 和臣はもう振り返らなかった。そのままふたりは雪が降る夜の街を足早に進む。
 手を引かれ、なんとか彼についてゆきながらも渚の頭の中は大混乱だった。
 今彼が話をした内容で満足したのか、記者はもう追いかけてはこない。
 でも渚はそうはいかなかった。

「和臣さん、和臣さん!」

 雪の中をずんずん進む和臣を呼ぶ。
 和臣は歩くスピードはそのままに「なんだ」と返事をした。

「あんなこと、あんなこと言っちゃダメですよ‼︎」

 渚のことを書かれないようにするためとはいえ、嘘八百を並べるのはいくらなんでもやりすぎだと思う。
 それで一旦は名誉が守られたとしても、ふたりは別れることが決まっているのだ。
 そうなったら、今度はなにを書かれるか……。
 和臣は渚の言葉には答えずに、夜の街を歩き続ける。事務所からマンションまではほんのスリーブロック先だから、家に向かっているのだろう。
 詳しい話は家でということだ。
 それでも渚は我慢できずに口を開いた。

「いくらなんでもあんな嘘! 嘘をつくのはまずいですよ! 和臣さん」

 週刊誌の記事はあてにならないということを、渚は今回のことで知った。なら尚更、さっきの和臣の言動がどのように書かれるか、わからなくて不安だった。
 渚の言葉に、和臣はチラリと渚を見て、ぽつりと言った。

「嘘じゃない」

「え?」

 渚は眉を寄せる。
 和臣が少しバツが悪そうに繰り返した。

「嘘じゃないんだ。今さっき俺が言ったことは全部、本当のことだ」

「……は?」

 渚は首を傾げる。
 まったく状況が読めなかった。
 嘘じゃない?
 和臣が前方に見えてきた自分のマンションを睨みつけて、心底悔しそうに舌打ちをした。

「くそっ! まだ渚にも伝えられていなかったのに。あいつ、やっぱり法廷に引きずり出してやればよかった!」

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