契約結婚のはずが、極上弁護士に愛妻指名されました
 和臣と祐介がぐふっと咳き込んで、龍太郎とは反対側を向いたまま、なにかを堪えるように肩を揺らしている。
 千秋が立ち上がった。

「なに言ってるのよお父さん!」

 龍太郎がそれに答えた。

「ファーストキスとは初めてのキスのことだろう。それなら渚がまだ一才の頃に……」

「そんなのノーカウントに決まってるじゃない! やめてよ、渚がかわいそうだわ!」

 容赦のない千秋の言葉に、龍太郎は

「かわいそう……」

と呟いて固まった。
 和臣と祐介が、ついにぶはっと吹き出して、テーブルに突っ伏して笑い出した。

「お姉ちゃん、もういいよ。そのくらいで……」

 渚はくすくす笑って千秋の口にストップをかけた。
 少し前までは、とても考えられなかった。
 こんな風にまた、父を囲んでくだらないことを言い合える日が来るなんて。
 温かくてかけがえのない家族の時間。
 祖母と母を失って凍りついていたその時間が、溶けてまた動き出した。
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