契約結婚のはずが、極上弁護士に愛妻指名されました
「私だって、東京だったら、べつにそんなこと……」

 でもそこまで言いかけて、そういえばと思い口を閉じた。東京でもこの田舎でも最近の渚はこんな風にちょっとした景色を美しいと感じることが増えたような気がする。
 和臣と一緒にキッチンに立ったあの日に見た、オレンジ色の夕日。
 夢中で水をかけ合った川辺の緑。
 彼に想いを伝えたくて走り続けた夜の初雪。
 初めて和臣と結ばれた日にマンションから見た朝日は、今まで見たどんな景色よりも一番美しいと思った。
 こんなふうに綺麗なものをあたりまえに綺麗だと感じるようになったのは、彼と過ごすようになってからかもしれない。
 渚は母が亡くなった日の朝のことを思い出していた。
 あの日は、いつものように昇る朝日を渚は心底恨めしいと思った。
 もう母は死んだのに、この世界のどこにもいないのに、そんなの関係ないよとでもいうかのように一日を始めようとする太陽が、恨めしかった。
 それから渚はずっとモノクロの世界で生きてきたのだ。
 凍りついて止まっていたのは家族の時間だけでなく、渚の心もだったのかもしれない。
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