その一瞬を駆け抜けろ!
次の日、グラウンドに薫の姿がなかった。
俺の知る限り、薫が練習を休むことは
なかったはずだ…。
薫は、走ることすらやめてしまったのか?
最初は、
薫が走る姿だけ見られればよかったのに
そこから1位をとり、さらに光り輝く彼女を
見たくなってしまった、俺への罰かもしれない。
思わず俺は、頭を抱えながら、
グラウンドにしゃがみこんだ。
すると俺の前に人の気配を感じ、
恐る恐る見上げると、薫と同期の咲ちゃんが
腕を組んで仁王立ちし、俺を見下ろしながら
睨みをきかせていた。
薫から何か話を聞いたのかもしれない、
と思い、俺は咲ちゃんの威圧感に恐れをなし、
思わず尻もちをついた。
怒った咲ちゃんは、すごく怖い…
「咲ちゃん…なっ…なにか?」
と、ようやく声を発すると
「なにか、じゃないですよ!
わかってますよね?とぼけるんですか?
あぁ、そうですか!とぼけるんですね!
聞きましたよ、薫に……沢田さん、ヒドイ!」
と大声でまくし立てられ、
部員たちの視線を集めることとなった。
「ヒッ…ヒドイ?酷い?」
と目を丸くし、少しビクビクしながら、
恐る恐る聞き返すと、
「ヒドイです!
わたし、薫の走る姿を見るのがすごく
好きだったのに…薫が走るのやめちゃったら、
沢田さんのせいですからね!!
一生、恨みます!」
という言葉と共に右足で地面を蹴った。
その様子に気づき始めた部員たちが、
ザワつき、俺への視線が冷たいものへと
変わっていく。
まるで針でチクチク
刺されているような感覚に陥った。