おとぎ話の裏側~身代わりメイドと王子の恋~
しかし彼女は、金よりも身分よりも家族が大事だと言った。互いだけを愛し合う存在、自分だけの家族を何よりも望むと。
そんな女性ならば、自分も愛せるのではないか。ジルベールは首の下の心臓がドクドクと大きく鼓動を早めていくのを深い呼吸をもって収めなくてはならなかった。
ジルベールの心の内に気が付かない梨沙が聞き返そうと口を開きかけた時、がたんと馬車が一際大きく揺れ、一瞬宙に浮いた身体が前のめりに投げ出されてしまう。
「……っ!」
咄嗟に支えてくれたジルベールの胸に倒れ、目の前には王子の衣装である真っ赤な軍服。その色が移ったように、梨沙の顔も赤く染まっていく。
「す…っすみません」
腕を伸ばして距離を取ろうとしたものの、思いの外力強く抱き止めてくれているのか、その胸の中から出られずに困惑してしまう。
膝と膝がぶつかったまま抱き締められているような格好に居たたまれない。
距離が近すぎるせいで、目が覚めた時に感じた柑橘系の香りがより一層強く感じられた。
「あ、あの…」
「……悪い」
「いえ、あ、ありがとうございます」
もぞもぞと居住まいを正そうと動くと、梨沙を抱き止めていたジルベールの身体がハッとしたように小さく動き、それからそっと押し出すように距離が離れた。