HONEYBEE(1)~アラフォードクターと一夜から始まる身代わり婚~
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私は屋上へと足を運んで、隼也さんの姿を探した。
彼はベンチを腰を下ろし、煙草を吸っていた。
手で千切ったような白い雲が流れる青い空。

彼は私の姿に気づかず、憂いのある横顔で煙草を口許から離して、紫煙を空に向かって吐き出した。

「隼也さん…」

「んっ?瑞希…どうした?」

「本当に屋上に居たんですね…」
「俺に何の用だ?もしかして…お前…父さんから・・・」

「!?」

「仙波さんから訊きました。昨日搬送されて来た若い患者さんのコト」

「あ…そっちか…」

彼は短くなった煙草を携帯用の灰皿に捨てた。

「・・・その患者さんには婚約者が居たとか…」
「まぁな…でも・・・厳しい状態だった…」

隼也さんは昨日の患者さんのコトを思い出し、一文字の眉を歪め、辛そうな表情を浮かべた。

「でも、俺は救命救急医だ…辛いとか…そんな感傷に浸る余裕はないさ…」
でも、その辛い表情は一瞬だけ。瞳に凛とした光を孕ませ、私情をそっと心の奥にしまい込んだ。
「隼也さん…」
医者にとって生と死は隣り合わせ。常にその現場では死がつき纏う。
彼の居る場所…救命は特にそれを強く感じる。
私は彼のキモチを気遣い、話題を変えた。
「それよりも・・・乾看護師長に根回し有難うございます。おかげさまで、今朝は怒られませんでした」

遅刻では怒られなかったけど、別のコトで怒られてしまった。

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