あなたしか知らない
♢2
半年前のお見合い。
「後は若い人で、お話しでもなさってください」
と仲人に入った遠田夫妻が微笑んだ。
両家の両親も、さほど親しそうにもせず、義務を終え、滞りなく見合いを終えて、別に何事もなく、後はにこやかに程よくお互い談笑して、程よく帰路に着いた。
残された席で、男側の鷹田真一29才と女側の船木 楓23才は、取り残され、静かにそれぞれのお茶などを飲んでいた。
一流ホテルの、その中でもコーヒーショップではなく高いほうの喫茶室。
ゆっくりとしたソファーのような椅子と、先ほどまで着物を着た両親やら仲人やら、当人達をのぞいて6人も座っていた机は、2人には広く、白白と思われた。
広いガラス窓の外は、池と庭園になっていて、鴨だろうか、数羽の鳥が泳ぎ、立派な鯉が水面を鮮やかに彩る。
態度を崩さず、悠々と座っていた真一が、お手本のように微笑んで、
「少し歩きますか? 」
と見本のようなことを聞いた。
なので楓も、見本のように答える。
「はい」
庭園は歩けるようになっていた。
2人のほか、人はいなかった。
先に歩く真一は、一目で高そうなオーダースーツを着ている。
御曹司も、ただの金持ちならばそんな雰囲気は出ない。本当の金持ちは、身なりも身のこなしも、そして体つきも、まるで綺麗な水で洗ってきたように精錬され美しい。
真一も、全くだらしなさを感じさせず、隙のない完璧な体型に、生まれの良さを存分に感じさせる骨格に、目を見張るほどの美形だった。
大きなくっきりした目は鋭い。冷めていて緊張感を感じさせる。
整った鼻筋と、完璧な形の唇、その唇の横にホクロがわざわざつけたように色っぽく花を添えていた。
ひとけの全くないところで、彼は立ち止まると、にっこり笑いながら、いきなり言った。
「君は処女? 」
楓は、何を聞かれたのか良く分からず、態度を崩さず薄ら微笑んだまま、次の言葉を待った。
真一は、言葉が通じてない事が分かると、逆に満足気にもう一度言いなおした。
「男と付き合った事があるかって聞いてるんだ」
「⋯⋯ いえ、」
「一度も? 」
「はい、ありません」
それからまた無言でしばらく歩く。
こんな事聞くんだ、と楓は内心思っていたが、確かめたい人もいるのかも、と思った。
「我慢強い? 」
「えっ? 」
「大人しい方? 」
「あ、はい、どちらかと言うと」
また無言になる。
彼の足は、もう、庭園からホテルの入り口の方にもどっていた。
ホテルの入り口についたら、真一は扉を押さえて楓を先に通して、もう駐車場の方に向かいながら、
「一つだけ条件をのむんだ」
「条件? 」
「いっさい、オレのことを人に話さないでほしい」
「話⋯⋯ ですか? 」
「ああ、女はくだらない事を話すだろ?
レストランに行った時に、こんな事しただとか、どこどこの何をプレゼントされたけどどう思う、だとか。
そい言うことも含めて、何も話をしない」
「⋯⋯ 」
「オレの両親にも」
「⋯⋯ 」
「その条件さえ飲めば、結婚してやる」
こんな風に、いかにも『結婚してやる』だなんてね、と楓は思った。
まぁ、そうなるよね、と。
そもそも、この話自体が釣り合っていないのだった。
真一は様々な分野で成功している鷹田グループを率いる創業者一族の、唯一の跡取りだ。
20代ながら生まれつき能力でも備わっていたのか、トップとしての有無も言わせぬ迫力と、その上頭脳も優秀、見た目もモデルのように恵まれている。
財力だけでなく、本人だけでも、よりどりみどりなはずだ。
現に、有名な企業のお嬢様たちとも、何度も噂になったことがある。
かたや
楓の家は、昔はそれなりに栄えていたかもしれない。大昔では華族の血を引くとか。
しかしその栄光も財力も、風前の灯⋯⋯ つまり、破産しかかっている、ただのビルオーナーだ。
なぜ不釣り合いなお見合いが成立し、その上『結婚してやる』とまで上手くいったのか。
楓には分からなかった。
ただ、自分に後がない事はわかっていた。
猶予も。
あと数ヶ月、テナントが入らないだけで、多分父は自己破産するほどの状態だ。
鷹田グループに貸しビルを改装してもらい、テナントとして入ってもらえば、なんとか自己破産は免れるだろう。
父たちの間では、そんな『条件』も話し合われてからの席だ。
だから、真一の言っている事は、楓との間の当人同士の条件だ。
楓に選ぶ権利など全くない、むしろ、そんな簡単な条件で結婚してくれるのだから、ありがたいぐらいだ。
真一も何かしら切羽詰まっているのかな、
家で何か変だとか⋯⋯
こんなに隙がないのに、すごく私服がだらしないとか?
何か言えない趣味があるとか?
彼は完璧そうにしている。そんな人の誰にも言えない、隠している事って⋯⋯ ?
楓が1人でいろいろ考えてじっと黙っていたら、真一が待ちきれずにイラッとした。
「で、どうなんだ? 聞いてるんだけど? 」
瞬間、こんな物言いをする人と暮らせるのかな、と不安になったが、迷ってるような状況じゃないんだ、と気持ちが恐ろしく冷静になった。
どうもこうもない。
「わかりました」
と答えた。
半年前のお見合い。
「後は若い人で、お話しでもなさってください」
と仲人に入った遠田夫妻が微笑んだ。
両家の両親も、さほど親しそうにもせず、義務を終え、滞りなく見合いを終えて、別に何事もなく、後はにこやかに程よくお互い談笑して、程よく帰路に着いた。
残された席で、男側の鷹田真一29才と女側の船木 楓23才は、取り残され、静かにそれぞれのお茶などを飲んでいた。
一流ホテルの、その中でもコーヒーショップではなく高いほうの喫茶室。
ゆっくりとしたソファーのような椅子と、先ほどまで着物を着た両親やら仲人やら、当人達をのぞいて6人も座っていた机は、2人には広く、白白と思われた。
広いガラス窓の外は、池と庭園になっていて、鴨だろうか、数羽の鳥が泳ぎ、立派な鯉が水面を鮮やかに彩る。
態度を崩さず、悠々と座っていた真一が、お手本のように微笑んで、
「少し歩きますか? 」
と見本のようなことを聞いた。
なので楓も、見本のように答える。
「はい」
庭園は歩けるようになっていた。
2人のほか、人はいなかった。
先に歩く真一は、一目で高そうなオーダースーツを着ている。
御曹司も、ただの金持ちならばそんな雰囲気は出ない。本当の金持ちは、身なりも身のこなしも、そして体つきも、まるで綺麗な水で洗ってきたように精錬され美しい。
真一も、全くだらしなさを感じさせず、隙のない完璧な体型に、生まれの良さを存分に感じさせる骨格に、目を見張るほどの美形だった。
大きなくっきりした目は鋭い。冷めていて緊張感を感じさせる。
整った鼻筋と、完璧な形の唇、その唇の横にホクロがわざわざつけたように色っぽく花を添えていた。
ひとけの全くないところで、彼は立ち止まると、にっこり笑いながら、いきなり言った。
「君は処女? 」
楓は、何を聞かれたのか良く分からず、態度を崩さず薄ら微笑んだまま、次の言葉を待った。
真一は、言葉が通じてない事が分かると、逆に満足気にもう一度言いなおした。
「男と付き合った事があるかって聞いてるんだ」
「⋯⋯ いえ、」
「一度も? 」
「はい、ありません」
それからまた無言でしばらく歩く。
こんな事聞くんだ、と楓は内心思っていたが、確かめたい人もいるのかも、と思った。
「我慢強い? 」
「えっ? 」
「大人しい方? 」
「あ、はい、どちらかと言うと」
また無言になる。
彼の足は、もう、庭園からホテルの入り口の方にもどっていた。
ホテルの入り口についたら、真一は扉を押さえて楓を先に通して、もう駐車場の方に向かいながら、
「一つだけ条件をのむんだ」
「条件? 」
「いっさい、オレのことを人に話さないでほしい」
「話⋯⋯ ですか? 」
「ああ、女はくだらない事を話すだろ?
レストランに行った時に、こんな事しただとか、どこどこの何をプレゼントされたけどどう思う、だとか。
そい言うことも含めて、何も話をしない」
「⋯⋯ 」
「オレの両親にも」
「⋯⋯ 」
「その条件さえ飲めば、結婚してやる」
こんな風に、いかにも『結婚してやる』だなんてね、と楓は思った。
まぁ、そうなるよね、と。
そもそも、この話自体が釣り合っていないのだった。
真一は様々な分野で成功している鷹田グループを率いる創業者一族の、唯一の跡取りだ。
20代ながら生まれつき能力でも備わっていたのか、トップとしての有無も言わせぬ迫力と、その上頭脳も優秀、見た目もモデルのように恵まれている。
財力だけでなく、本人だけでも、よりどりみどりなはずだ。
現に、有名な企業のお嬢様たちとも、何度も噂になったことがある。
かたや
楓の家は、昔はそれなりに栄えていたかもしれない。大昔では華族の血を引くとか。
しかしその栄光も財力も、風前の灯⋯⋯ つまり、破産しかかっている、ただのビルオーナーだ。
なぜ不釣り合いなお見合いが成立し、その上『結婚してやる』とまで上手くいったのか。
楓には分からなかった。
ただ、自分に後がない事はわかっていた。
猶予も。
あと数ヶ月、テナントが入らないだけで、多分父は自己破産するほどの状態だ。
鷹田グループに貸しビルを改装してもらい、テナントとして入ってもらえば、なんとか自己破産は免れるだろう。
父たちの間では、そんな『条件』も話し合われてからの席だ。
だから、真一の言っている事は、楓との間の当人同士の条件だ。
楓に選ぶ権利など全くない、むしろ、そんな簡単な条件で結婚してくれるのだから、ありがたいぐらいだ。
真一も何かしら切羽詰まっているのかな、
家で何か変だとか⋯⋯
こんなに隙がないのに、すごく私服がだらしないとか?
何か言えない趣味があるとか?
彼は完璧そうにしている。そんな人の誰にも言えない、隠している事って⋯⋯ ?
楓が1人でいろいろ考えてじっと黙っていたら、真一が待ちきれずにイラッとした。
「で、どうなんだ? 聞いてるんだけど? 」
瞬間、こんな物言いをする人と暮らせるのかな、と不安になったが、迷ってるような状況じゃないんだ、と気持ちが恐ろしく冷静になった。
どうもこうもない。
「わかりました」
と答えた。