あなたしか知らない
♢6
なんでそれが始まったのかわからない。
いつものように「おやすみ」と、同じ部屋だが違うベットでそれぞれ布団に入った。
「あっ? 」
「えっ? 」
新しいシーツだったのに、洗濯した時に、外の物干しの尖った部分でひっかけたところに穴が空いていて、偶然にもそこに真一の足の親指が入り、勢いよくビリビリと裂ける音がした。
一度寝て、寝付けなかった真一が台所で水を飲み、もう一度ベットに入ったその時だった。
真夜中の2時ごろだろうか。
楓は特に時間も確認していなかった。
新しかったので、シーツの替えはまだ屋根裏のロフトの中、もちろん、水を通してもいない。
楓は、
「真一さん、もう夜中で眠いから、ここどうぞ」
と半分自分のベットをあけた。
1人で寝るには充分すぎる大きなキングサイズのダブルのベットが2台。
一晩ぐらい、と楓は簡単に考えていた。
真一は一瞬無言で立ち尽くした。
少し迷うように、何か言いかけて、黙った。
楓は、
「もう寝ちゃうから、大丈夫ですよ」
と後ろ向きのまま、半分寝ながら答えた。
ただ、気楽に寝てもらおうと思ったのに、その言葉に真一はいきなりかみついた。
「大丈夫だって???
えっ?なにが、大丈夫なんだ! 」
「? 」
訳がわからず、真一の方を向いた。
真一は、見たことがないような暗い目で、全身から何やら怒りだかなんだか、ゆらゆらと剣呑な空気を纏っている。
驚いて息を呑んで、それでも、訳がわからなかったら、
「大丈夫だとでも思ってんのか? 」
と低く唸るように言われた。
だって、大丈夫だったじゃない、ずっと⋯⋯ と楓は思った。
真一が一歩で楓のベットにきて、楓の布団に入ってきた、熱い息が耳にあたったと思うまもなく、真一の大きな手で頰を掴まれる、親指が唇を割り、そのまま、顔をグイッと引き寄せられ、噛み付くようにキスされた。
それが、始まりだった。
どうして、一体なんの、きっかけがあったのか。
貪欲な、貪るような、執拗なキス。
楓にはとっては初めての事で、息の仕方も分からず、食まれる、
強引で、乱暴ではなく、激しい
なのに優しくて、甘い、
突然の嵐のように
真一は飢えていたのか、そんな素振りは微塵も見せていなかったのに、何かのスイッチが入ったみたいだった。
こんな欲をずっと綺麗に隠し、何でもないような日常に、突然整った表情が崩れる、
でも楓は、やっとだ、と思った、
好きだと思った、
この不器用な人が。
性急に脱がされ、身体中、息もつかず彼の手が這う、そのあとから、忘れられない体に作られていく。
2度と元に戻れない記憶を、身体中に残しながら、手が這う。
真一も脱いで、はじめて触れるその素肌と素肌、体温が混じり、滑らかな他人の肌を、身体中に密着させ、こんな感触があったんだと涙が出た。
後戻りできない。
知ってしまった。
この感触。彼だけが与えてくれる触れ合い。
後戻りする気もない。
一つ一つの事が、楓にはいったい自分たちがどんな状況なのか理解できなくて、ただ、薄く目を開けて、真一の顔だけは追う、彼だけは見ていたい。
彼の唇の横のホクロが、色っぽく、楓の素肌をたどる唇についていく。
その行為が『途中』までなのか『最後』までなのか、分かるはずがない、彼の与えてくれるものが全てだから。
「知ってる?
あなたが、好き。
気づいてた?
私。あなたが好き」
楓がうわごとみたいにいったら、真一の顔は苦しそうに歪んだ。
楓は『すべて』をもらったと思ったのに、真一は「ごめん」と謝った。
「なにが? 」
「こんなの⋯⋯
こんな行為! 出来たうちにはいらないんだ! 」
「えっ? 」
真一が、真っ直ぐに楓を見下ろした。
「欲しい? 」
とささやいた。呪文みたい、復唱の。
「欲しいの? 」
ともう一度ささやかれた、
「欲しい」
と言った途端、真一が楓から離れた。
苦しそうな目。
視線は、頭から足の先まで楓をたどった。
そのまま彼は無理やりのようにベットを出て、勢いよく部屋から出て行った。
ドアが音をたてて閉まった。
その日から、真一は家に帰らなくなった。
なんでそれが始まったのかわからない。
いつものように「おやすみ」と、同じ部屋だが違うベットでそれぞれ布団に入った。
「あっ? 」
「えっ? 」
新しいシーツだったのに、洗濯した時に、外の物干しの尖った部分でひっかけたところに穴が空いていて、偶然にもそこに真一の足の親指が入り、勢いよくビリビリと裂ける音がした。
一度寝て、寝付けなかった真一が台所で水を飲み、もう一度ベットに入ったその時だった。
真夜中の2時ごろだろうか。
楓は特に時間も確認していなかった。
新しかったので、シーツの替えはまだ屋根裏のロフトの中、もちろん、水を通してもいない。
楓は、
「真一さん、もう夜中で眠いから、ここどうぞ」
と半分自分のベットをあけた。
1人で寝るには充分すぎる大きなキングサイズのダブルのベットが2台。
一晩ぐらい、と楓は簡単に考えていた。
真一は一瞬無言で立ち尽くした。
少し迷うように、何か言いかけて、黙った。
楓は、
「もう寝ちゃうから、大丈夫ですよ」
と後ろ向きのまま、半分寝ながら答えた。
ただ、気楽に寝てもらおうと思ったのに、その言葉に真一はいきなりかみついた。
「大丈夫だって???
えっ?なにが、大丈夫なんだ! 」
「? 」
訳がわからず、真一の方を向いた。
真一は、見たことがないような暗い目で、全身から何やら怒りだかなんだか、ゆらゆらと剣呑な空気を纏っている。
驚いて息を呑んで、それでも、訳がわからなかったら、
「大丈夫だとでも思ってんのか? 」
と低く唸るように言われた。
だって、大丈夫だったじゃない、ずっと⋯⋯ と楓は思った。
真一が一歩で楓のベットにきて、楓の布団に入ってきた、熱い息が耳にあたったと思うまもなく、真一の大きな手で頰を掴まれる、親指が唇を割り、そのまま、顔をグイッと引き寄せられ、噛み付くようにキスされた。
それが、始まりだった。
どうして、一体なんの、きっかけがあったのか。
貪欲な、貪るような、執拗なキス。
楓にはとっては初めての事で、息の仕方も分からず、食まれる、
強引で、乱暴ではなく、激しい
なのに優しくて、甘い、
突然の嵐のように
真一は飢えていたのか、そんな素振りは微塵も見せていなかったのに、何かのスイッチが入ったみたいだった。
こんな欲をずっと綺麗に隠し、何でもないような日常に、突然整った表情が崩れる、
でも楓は、やっとだ、と思った、
好きだと思った、
この不器用な人が。
性急に脱がされ、身体中、息もつかず彼の手が這う、そのあとから、忘れられない体に作られていく。
2度と元に戻れない記憶を、身体中に残しながら、手が這う。
真一も脱いで、はじめて触れるその素肌と素肌、体温が混じり、滑らかな他人の肌を、身体中に密着させ、こんな感触があったんだと涙が出た。
後戻りできない。
知ってしまった。
この感触。彼だけが与えてくれる触れ合い。
後戻りする気もない。
一つ一つの事が、楓にはいったい自分たちがどんな状況なのか理解できなくて、ただ、薄く目を開けて、真一の顔だけは追う、彼だけは見ていたい。
彼の唇の横のホクロが、色っぽく、楓の素肌をたどる唇についていく。
その行為が『途中』までなのか『最後』までなのか、分かるはずがない、彼の与えてくれるものが全てだから。
「知ってる?
あなたが、好き。
気づいてた?
私。あなたが好き」
楓がうわごとみたいにいったら、真一の顔は苦しそうに歪んだ。
楓は『すべて』をもらったと思ったのに、真一は「ごめん」と謝った。
「なにが? 」
「こんなの⋯⋯
こんな行為! 出来たうちにはいらないんだ! 」
「えっ? 」
真一が、真っ直ぐに楓を見下ろした。
「欲しい? 」
とささやいた。呪文みたい、復唱の。
「欲しいの? 」
ともう一度ささやかれた、
「欲しい」
と言った途端、真一が楓から離れた。
苦しそうな目。
視線は、頭から足の先まで楓をたどった。
そのまま彼は無理やりのようにベットを出て、勢いよく部屋から出て行った。
ドアが音をたてて閉まった。
その日から、真一は家に帰らなくなった。